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笑う標的 その4

今週も「笑う標的」だが、
4回目ともなるともう、長いな…。

今となっては衆目も集まらない作品ではあるが
突っつきがいのある作品なので、
さらっと終わらせるのはいかにももったいない。

もっとも、高橋留美子系のファンジン界が
乗りに乗ってた頃の作品だし、
語られ尽くした感があることは確かで、
僕が書く論説も、過去に誰かが言ったことと
丸かぶりしている可能性は非常に高い。

まぁただ、
じゃあ押し入れの奥の同人誌を引っ張り出して
昔、誰かの書いた
「笑う標的」のレビューを読むかっていったら
そんな酔狂なことをする人はいないだろうし、
だからこの時代に、「笑う標的」のレビューを
ネット上で展開するのは
悪くはないんだろうさ、と思って
続ける次第であります。

でもこうして自分で書いていると、
過去の同人たちが
その頃どんなレビューを書いていたのか、
すごく読みたくなるのだった。
だけど持っていたファンジン誌は
ずいぶん昔にほぼ全部処分してしまって。
惜しいことです。


前置きが長くなったが「笑う標的」の続きです。

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昼間の窓ガラスには、室内側は映らない…
のはまぁ、里美の意識に一瞬差し込まれた
ホラー的演出、ということで。
だがガラスが内側に割れているのは面白い。
里美に危害を加えるため、なので当たり前なのだが
サスペンス&トリックとして考えると
餓鬼を使った現象ではなく、
ガラスに直接働きかけているわけで。
後ろのページでも矢を放っているし、
サイコキネシスとしても相当一流である。

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このコマは、素直な読みとしては
梓が里美に対して、
憎しみを一心にぶつけているところなのだが
梓の表情の作画が追いついていないせいで
前のコマの「ぎゅっ」を受けて
火に油を注がれたようになっている風にも
読めるのが面白い。
本当にそうかというと、
里美が既に戦意喪失しているので
たぶん違うと思うのだけれども。

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「黙っとき」と言われて黙っている里美。
梓が、譲には言うなと言ったのは
梓の身体から何か変なものが出ようとしていた
その異常な現象についてであって、
譲と手を切れと言ったこと自体は
特に口封じしていないと思うのだ。

梓にとっては、自分の異常な超能力は
譲に嫌われかねない、
隠さねばならないことなのだが、
里美を退けようとすること自体は
梓にとって正当なことであり、
誰にもはばかることではない、と
思っているのではないかと思う。

だから里美が、梓にシメられたことを
譲に打ち明けないのは、里美の誤解だ。
もっとも、打ち明けたからといって
何かが変わったわけでもない。
せいぜいが、超能力で里美に攻撃することが
しにくくなる、ぐらいの話である。

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催眠を解かれた里美。
操ったままならどうとでもできるのに、
わざわざ意識を取り戻させているのは
目的が殺害ではなく、脅しだからである。
この時までは里美を殺す意図はなく、
梓はまだ人間寄りだったわけで、
だからその晩の、
梓の部屋での譲と梓の乱闘の時も
女子高生が男子高校生に暴行を受けているように
受け取ることができたのだと思う。

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信じられないものを見た譲。
そこまでの一連の
スピード感のあるコマ運びもさることながら、
この譲の口元の作画はちょっとすごい。
ええと、この口は閉じているでいいんですよね?
頬を切って血が滴ることも意に介さず、だから
閉じていると僕は思うのだけれども。
開いているなら、こんな生彩のない目には
ならない気がするし。
閉じているならすごい作画だと思うんだよなぁ…。
断言はできないんだけど。

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関わっていくことを放棄したことで、
主演から助演に堕ちた里美。
この無力感は高橋留美子作品では珍しい感じだ。

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予言者である。

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梓は何をしに里美の家に近づいたのか。
里美に何かするつもりなら、
ジュンを早々に黙らせたうえで
行動に及んだはずなので、
里美に対して何かするつもりはなかったようだ。
では脅しとして飼い犬を殺してみせた、なら
この「静かにし……」がちょっと不自然で
エンタメに振ってしまった感はある。

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しかもわざわざ自らの手を汚しているなんてね。
それが「血の匂い…」に繋がるわけだが
かなり感情に任せた犯行であることは否めない。

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ここもなぁ…。るーみっく脳では
「んま~っ!んま~っ!なんてこと…」って
聞こえてきちゃうんだよなぁ。

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譲が発作的に梓に詰め寄るのは
タイミングとしては階段か、
上りきったところ辺りが妥当だと思うのだが
梓がブラウス姿になるのを待ったところが
リアリティよりもシーン優先な感じはする。
確かに女性への暴行というニュアンスは高まり、
作品がドラスティックになっている気はする。
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譲は里美の安否確認を後回しにして
梓への怒り=梓への恐怖を先に持ってきた。
この辺りに、この「笑う標的」という作品を
とにかくホラーにしようという意識を感じられる。

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梓が里美に何かしたかもしれない、というのは
一応勘違いということになるのだから
何か言ったらどうなのかね、譲くん。とは思う。

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この晩の梓母の行動は少々謎である。
この添い寝は、娘への想いを
静かに溢れさせているシーンのように見えるが
梓への殺意はいつ芽生えたのか。
添い寝しているうちに感情が昂ったのか?

いや、添い寝と絞殺のコントラストを考えると
殺すことは決めていたと読み取るべきだ。
決めていたからこそ、
静かに梓を憐れんでいたのだ。

しかしこの時の梓は高校2年生である。
添い寝から縊り殺しにかかるのが
どうにも無理があるのだ。
殺すつもりなら、そっと部屋に入り、
気付かれる前に首を絞めるほうがいい。

この時すでに、梓母が狂ってしまっていた、と
考えるのがいちばんしっくりくる。
いろいろと心労も重なっていただろうから
それはそれでいい落としどころではある。

だがそれも、
梓母が梓の超人化を知っていればの話だ。
餓鬼はそれまでさほど悪いことをしておらず、
梓を殺す理由としては乏しいので
やはり超人化がポイントだ。
この時点で梓が梓自身の超人化を
母に見せたことがあるのかどうか。
作品中にはその描写はない。

だいたいが、梓はいつ超人化したのか。
最初に村の男児たちに襲われた時、
つまり餓鬼との最初の邂逅の時には
まだ超人化していないと思っていいだろう。
精神的な分岐点をも考えれば、
理想的なのは、母親を殺した時だ。

そして、梓が人間ではなくなったことを考えれば
母親に首を絞められたときに、
梓が一度死んでいるほうがいい。
そこで餓鬼の協力を得て、
液体生物の寄生を受けて蘇った、となれば
たいへん納得できる筋書きである。

まぁ実際、あの時に一度死んだということに
できなくはない。
ただ問題は梓母の「おまえは!」「鬼や!!」
という台詞だが、これについても
いわゆる概念としての鬼、ということで
思わず発した言葉が、いみじくも事実となった、
と読むことはできる。

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梓母に絞められる梓。
最後のコマの梓の髪が手塚治虫とか松本零士風だが
横にして見てみると
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髪の毛がマジエロい。石ノ森章太郎のようでもある。

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餓鬼に囲まれた梓母の図、で、
事実梓母はこの後餓鬼に殺されてしまうのだが
餓鬼が死の兆候、殺意といったものに呼応して
出現するとすれば、餓鬼を呼んだのは
梓母ということになる。

自分が呼んだ餓鬼に自分が殺されるというのは
ちょっと受け入れにくいが
化物側(ホラー作品側)には
人間の論理に沿って動く義理もない。
そうだったのかもしれないなぁ、と思うのみである。

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梓母を案じて飛び起きる梓。
自分が殺されそうで起きたのではないのである。
愛する母が、絶対的な母が、
今まさに殺されそうになっているから
飛び起きたのだ。
その少し前にはその母に
自分が殺されそうになっていたというのに。
この後梓は「おかあさまが悪いんや…」というが
仕方ないからといって、
自分の意志で殺したのであれば
飛び起きるのはちょっとおかしい。

自分の意志ではなく、
忖度した餓鬼によって母が殺されていくのを
薄れた意識で見ていた、というのが
落としどころだろう。
または梓の二重意志であってもよい。

そんな情緒をほとばしらせた後のコマが
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このコマということになるが
人間らしさが微塵も感じ取れない。
感情の葛藤が、ここにはない。
しかしそれで良かっただろうか。
「そんなにうちがっ!!」の台詞でもわかるように
梓の中にはずっと、人間らしさも存在しているのだ。
このコマはどうも、ホラー風味を
優先させ過ぎたのではないか、と僕は思う。


さて、
いよいよ最終決戦とエンディングを残すのみだ。
それではまた来週。