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I'll be back,と言われましても…「腹はらホール」レビュー

ロシアによるウクライナへの侵攻は続いている。
戦争の惨禍という状況はもちろん悲しむべき事だが
原子力発電所の危機にも象徴されるような、
将来への不安もまた心に留めるべき問題だ。

日本は食料自給率が低いが、
しかしロシアとウクライナからの輸入量は
さほど多くないらしい。

ウクライナとロシアの食料品輸出品の上位は
小麦やトウモロコシだが、
日本におけるそれらの輸入は
上記二ヵ国以外の国からが多いようなのだ。

とはいえ、世界各国での小麦輸入が、
ウクライナやロシアの生産品から
他の国での生産品に切り替えられれば、
玉突き現象によって
日本の輸入も影響を受けることになる。
小麦を使った製品の価格上昇などは
免れないことになるだろう。


輸入量としては多くないものの
ロシアに依存した輸入食料品としては
一部の水産物がこれにあたる。
イクラやタラコなどの魚卵、蟹や紅鮭などは
日本での流通がかなり制限されることだろう。


いささか誘導が過ぎたかな?
今週は「腹はらホール」をレビューする。


「腹はらホール」というタイトル名は、
星新一筒井康隆ショートショート小説の
タイトルにもよくあるような、
得体のしれない、しかしきっぱりとした
小気味のいい語感である。

“腹はら”は“ハラハラする”
に引っ掛けた洒落なのだろう。

そしてそこに、“トンネル”ではなく
“ホール”という言葉が付く。
この“ホール”という言葉が、
肛門や食道などの消化器官一帯を連想させる。
穴が腹、つまり胃袋/食料消費地帯へと
続いているという暗示でもあるのではないだろうか。

さらに“裏腹”あたりにも引っ掛けてあって
現代日本と天命5年の未来日本とが
表裏一体、他人事ではない、という意味を
持たせているのかもしれないなと思う。


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るーみっくわーるど 2」などに掲載された扉絵は
単行本収録時に付けられたようなのだが、
初出時のタイトルバックは本編1ページ目の右側に
上下ぶち抜きで付けられている。

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webで「腹はらホール」を画像検索すると
雑誌GORO別冊の「青春の尻尾」の画像、
またそこに掲載された「腹はらホール」の
本来のタイトルバックを見ることができる。

何がすごいって、こんなレアものを
ちゃんと持ってる人がいるのがすごいよ。

今ではネットオークションというものがあるから
手に入れようと思えば可能なんだろうけど。

件の「青春の尻尾」にしても「劇画村塾」にしても
さほど値段も高騰してないしね。
…僕は、収録された単行本で満足していますが。


物語は昼休みの高校校舎内から始まる。

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おっ、コースケじゃん。

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この話の初出は1978年8月。
50年後というと2028年で、あと6年後か。
ウクライナから始まる世界情勢の混乱で、
現実となるかもしれんな。

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物語中、頻繁に出てくるこのサトシ似の生徒は
主人公の稔(あたる似)の後輩らしい。へー。

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なるほど、なんとなく筋は通っているぞ。
代替食品(大豆ミートなど)でも
発酵は重要らしいし、
意外に現実世界の予言になっているのかも。

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不マジメと言われてもランチタイムですし…。
むしろ昼休みだっていうのに
熱心にクラブ活動やってるよな、化学部。

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農民による直訴、の図である。
TVで時代劇を見る機会も減ったから
こういう風景も縁遠くなったものだ。

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弁当を奪われた稔が、
絵に描いたモチならぬ「メシ」を
咥えているのが奥ゆかしい。

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「アングラ劇か!!」というのは言い得て妙で、
この「腹はらホール」が展開される舞台は
教室、購買部、職員室という
いくつかのこじんまりした部屋であり、
そこでの会話劇をメインとするこの漫画は
それこそまるでアングラ劇のようなのだ。

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彼がここで
自分が首謀者であることを主張するのは、
指揮権の奪い合いというわけではない。
近代以前の日本では
直訴を行った者は死罪になっていたため、
自分だけが罪を被ろうとした行為だと思われる。

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教師に事の顛末の説明を要求される稔。
血気盛んであるが、
この時点で稔には特に“要求”はないのである。
一揆衆の者たちに引っ張られて
なんとなく盛り上がっているが…。

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警察に一揆衆を引き渡そうとする教師に
反発する生徒たち。
それまで特に主張はなかったのだが、
この時点で“体制への反抗”という目的を
手に入れたのだ。
イデオロギーを戦いの主軸に持ってきたところが
ますますもって、アングラ劇っぽい。

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稔から思いやりのある言葉を引き出せた、
その気持ちだけで充分だ、
と思ったように見せかける叙述トリック
実際には「言質とったで!」というところか。

別の次元への通り道、という題材は
しばしば他の作品でも扱われる。
留美ック的には小松左京先生の
「御先祖様万歳」あたりがそうである。
しばらくの間、行き来が可能になるというところも
似たコンセプトだといえよう。

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サトシ君(仮名)が心配するように
穴が一時的なもので、
もう閉じてしまっていたなら、
そこから先は別の漫画
「腹ペコなやつら」が始まることになるな。

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この、稔たちがまだ真相を知らないことが、
ラストページのオチ以降で
稔たちに災厄が降りかかることへの伏線であり、
またその面白さというのは実は
稔たちの迂闊さをほくそ笑むという
一種ブラックジョークでもある。

“日本の暗い未来”をコメディチックに描くことも
ブラックジョークでありつつ、
安穏とした現代人の油断を風刺する、
そういうブラックジョークの二段構えが
この作品の面白いところだ。

そういった“ブラックジョーク”は
「SFマンガ競作大全集」のコンセプトにも似て、
当時の時代性を顕しているように思う。

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ただまぁ、この「腹はらホール」においては
一揆衆の考証、整合性は結構適当だ。
SFの側面もある作品だから、
そこに説得力が欲しかったような気はする。

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“天命”は“天明”に似せるための当て字だが
同時に“運命づけられた寿命”という意味でもある。
“もうどうしようもない”という意味の年号を
付けられた未来日本が、
現代日本へのタイムトンネルを得て生き延びる、
ハッピーエンドな物語という捉え方も
あるといえばあるね。


現在公表されている最新のデータでは、
2020年の日本の食料自給率は46%だそうだ
(カロリーベース/飼料を含まず)。
「腹はらホール」の世界よりはマシなようだが
この先どうなっていくやら、
心配な今日この頃である。〈おしまい〉