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(毎週末の更新を目指しています)









コメディにおける命の重さ/『愛の使者どすえ』より

 
今期僕が見ているアニメ『アポカリプス・ホテル』
『忍者と殺し屋のふたりぐらし』の両作品において
特筆すべきことが、コメディ作品ながら
“生き死に”を扱っていることです。

というかカジュアルに人が死んでいるんですけど。

まぁ今までもそういう作品はぽちぽちあって
最近では『アキバ冥途戦争』なんかもそうでした。


さてじゃあ『うる星やつら』で人は死んでいるか。

初期のエピソードは
ブラックユーモアも含んでいましたから
ゴロゴロ死んでいてもおかしくないんですが、
意外と死んでない。

あえて言えば、三角ブラックホールで消えた
自衛隊機とヘリコプターの搭乗員が
生存確認できず、というところでしょうか。

まぁギャグ漫画なので“やっつけられる”とか
“藻屑と消える”という描写は
もちろん存在するのですけれども。


そんな中、しっかり死んだ奴がいまして

『愛の使者どすえ』(26-10) のキューピッドです。


死ぬといっても理不尽に殺されるとかではなく
一年草ならぬ一日草(もいだ実ですが)としての
日没までの寿命、ということなんですけれども

かなりちゃんと 死んでいます。



ギャグ作品として成立するように
オチでは蘇生していますがこれはちょっと苦しい。



“寿命”と明言しているのだから
“睡眠/休養”とは違っているはずで、
次の世代として代重ねしてくるならまだしも
記憶を維持した同個体として蘇生するのはおかしい。


おそらく作品のトーン&マナーのために
蘇生しているんですよね。


そもそも『うる星』という作品自体が
“誰かが死んだりはしない”という暗黙の了解下に
あるわけです。
あたるはどんなにひどい目にあっても死なないし
ぶっ壊れた町だってすぐに元通りになる
(死の結果としての幽霊は出てくるけれども)。


読者はいわばそういう安心感をもって
作品に取り組んでいるわけですが
この『愛の使者どすえ』では
明らかにそこを踏み越えています。


一応冒頭で

日没までが寿命であると布石は打ってありますが
死ぬことに説得力があるとはいえない。


このキューピッドは
能力が低くて物事をうまくできなくて
生きることがあまり上手ではない。

かといって人を欺くようなことはせず、
決して悪いヤツではない。憎まれる存在でもない。

本来、ギャグ漫画で死ぬようなキャラクターでは
ないのです。



ラムのこの「ごめんちゃ!」には、
人の生活様式のうすら寒さを僕は感じました。
隣のあたるの表情含めて、結構ホラーです。
ある意味で
現代人の気持ち悪さを描いており、
作者の本質を垣間見たような気もします。


……むろん、誉め言葉です。


後ろのオチに繋げるために
雰囲気をあまり重くはしたくない、などの
作品制作上の理由からかもしれませんが
この墓前のコマの趣味の悪さはなかなかいい。
(このコマを描いた人が、惣一郎の墓前シーンの
あれこれを描いたのだというのも、なかなかに
趣き深い。いいシーンも、ただそればかりでは
ないということなんだよなぁ、と思います)


キューピッドの蘇生をラム達が喜ばないのも
よくよく考えたら面白い。
じゃあ墓前でこぼした涙は何なんや。
悲しみ損、といえるほど
キューピッドは迷惑キャラじゃなかったのに。


このエピソードはかなり乱暴な作りで
はっきり言って手抜きといえます。
しかし、だからこそ
作者の本質が垣間見えて実に興味深い。


あまり面白くなかったし後味が悪かったけれども
その後味の悪さは“あっていい”と思います。

だって『うる星』って本来そういう感じでしょ?


〈おしまい〉