(2025.9.21追記 どうも腑に落ちなくて
何度か読み返してみても変だなと思ったので
9/21に続きます。ごめんなさい)
毎日のルーティンでネットを漁ってたら
ちょっと惹かれるタイトルのnoteがあって、
ぼんやり読んでたら
なんかこれは噛んどかなくちゃいかんな、
と思ったので、今日はそんな感じでいきます。
この記事自体が他の記事への言及記事だが
その、他の記事は有料なので僕は読んでない。
今回見過ごせないのは以下の部分だ。
我々Z世代は(あるいは我々Z世代に限らず、現代人は)なぜか〈過去〉を熱狂的に求めている。昭和レトロ、平成ノスタルジー、リメイク、リビルド、リバイバル、真夜中のドア、るーみっくわーるど、アナログホラー、洒落怖、インターネット老人会、枚挙にいとまがない。
ええっ!?
Z世代が“るーみっくわーるど”を
熱狂的に求めている だって!?
それは何かの間違いでは?と
ガクブルソワソワしてしまう。
それって、令和アニメ『うる星やつら』と
令和アニメ『らんま1/2』のことですよなたぶん。
確かに近年 リメイクアニメが流行っていて、
しかしその中で誰から見ても成功したと言えるのは
『おそ松さん』と『THE FIRST SLAM DUNK』
ぐらいじゃなかったっけ。
レトロポップ、というところでいうと『うる星』は
元々ネオンカラーやトロピカルと親和性が高く
お題に乗せやすかったのかもしれないけど、
それでも“Z世代が熱狂的に求めている”は
さすがに言い過ぎでしょ…。
令和うる星に小林泉美おらんしな。
まぁそれはいいです。それはいい。
この記事自体はたいへん面白いです。
すべてがその通りだ、というわけではないけれども
読み物として面白い。
3.から3.4.までは読み飛ばしても大丈夫。
僕はZ世代ではなくむしろ彼らの親世代であり
どちらかというと老害の枠に入るから
この記事中でいうと
確かに有ったが失われた過去を想い起こして懐かしんでいる
世代ということになるが
そこは「ちょっと待った」と言っておきたい。
僕は古い作品に/決して裏切らない過去に浸って
満足したりなんてしてないので
あんまり誤解されたくない。
僕が過去のるーみっく作品にこだわるのには
いくつかの理由があって、
まず一つは“腐れ縁”だ。
これは恥ずかしながら理屈じゃない。
自分でもどうしようもない。
次はその作品の絶対的な価値だ。
昔の西洋美術や日本の浮世絵が
世俗や流行と関係なくその価値を維持するように
漫画やアニメにも、至高の逸品は存在する。
『うる星やつら』でいうと
『かけめぐる青春』がそれにあたる。
ここに魅せられるのは何の不思議もない。
3つ目の理由は、これは特にアニメ『うる星』
のことだが、昭和以降アップデートされないからだ。
アップデートされないから、
一番高いスコアを叩き出したエピソードのところで
ずっと留まることになる。
よく言われることに、新作は作画が安定していて
色彩もキレイ、などということがあるが
僕はシリーズ平均の話なんて興味ないのだ。
上澄み以外はどうでもいいのだ。
昭和『うる星』にもクソオブクソなエピソードは
山ほどある。
そんなの もはや数に入れていないのだ。
上澄みのエピソードを厳選すると
80年代から飛び移ろうにも飛び移る先がない。
だから80年代の作品の話を延々してるんであって、
新作の出来がそれより良ければ
何の躊躇もなく新作に飛び移るのだ。
「ちょっと待ってそれって放映時期の話であって
ノスタルジーの話じゃなくない?」
そう、この記事の文脈でいうノスタルジーとは
レトロを感じる“なんか古い感じ”であって
時期の問題ではない。
じゃあ『うる星』のどこが
“なんか古い感じ”なのか。
空から美少女が降ってきてという設定は
現代でもアホほどリリースされているので
そこではないはずだ。
じゃあ何が古いのか。
昭和設定なところなのか?
それとも基本的な絵柄か?
僕から見ると男女の関係性が
どうしようもなく古いんだけれど
それはたぶんZ世代には理解できなさ過ぎて
古いと認識することすら難しいと思う。
もしかすると『うる星』は
古いというレッテルが貼られているから
古いと認識されているんじゃないだろうか。
『うる星』はもしかしたら
40年前の漫画だってことを隠して
素知らぬ顔でアニメ化すれば
よかったんじゃないのか?
この記事を読んでから
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ
モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を
見たのだが、
僕は『うる星』に懐かしい匂いなんて
持っていないのだ。
なぜならアニメ『うる星』は
“新しさを感じさせるもの”だったから。
ハイテックを標榜するべきものが
ノスタルジーを掲げるのはちょっとね。
〈おしまい〉