先週に引き続き
『黄金の貧乏神』のレビューをやります。
今週はストーリーの構成を
見ていこうと思ったのですが、
栄の母親である富子の行動・言動を
あらためておかないと大失敗につながりそうなので
先にそこを片付けようと思います。
『黄金の貧乏神』はあまりキャッチーではなく
何度も読み返されることに耐えうる作品では
ないので、うろ覚えの方も多いでしょう。
それでも母親 栄の

「あんたは大切な一人息子なのよ!!」、

「わたしたちには栄がいるじゃありませんか!」
という二つのセリフ(コマ)は
ストーリーの重要なポイントであり
印象も強いので、
『黄金の貧乏神』はハートウォーミングな家族愛を
ちょっとギャグ多めでコミカルに描いた作品だ、
と記憶している方も多いのではないでしょうか。
作品中の富子の動向を追ってみますと
①夫の福三と一緒に 栄を追い詰めて骨髄液を抜く
(日常的に行なっている)
↓
②実験で七福神が出現したため下心でもてなす
↓
③七福神に取り入るよう 栄に命じる
↓
④銀行を襲撃した栄たちの収穫に喜び、
さらなる銀行強盗をそそのかす
↓
⑤呆れて家を出ようとする栄を引き留めようとする
↓
⑥手に入れたと思った財宝を失うが、
戻ってきた栄や福三を励ます
↓
⑦以前と変わらず、栄の骨髄液を抜こうと
している風景でEND
という感じで
彼女に対する評価が変わるポイントは⑤と⑥、
先ほど挙げた2つのセリフのところです。
まず⑤の

「あんたは大切な一人息子なのよ!!」ですが
イイコトを言っているようでこれは
“大事な(他では得られない)実験材料”とも
とれます。
次に⑥の

「わたしたちには栄がいるじゃありませんか!」は
“財宝を失ってもまだ錬金術の実験材料はある”と
いう風にも解釈できます。
一見、母性愛を感じさせるセリフのようで
実はブラックユーモアなのだ、という建付けです。
この、いい話なのかブラックなのか
それだけでは判別がつかないような手法は、
読者がどちらとも取れるような
SFショートショート的な造りなのかもしれません。
一応 判断材料としては
その後も引き続き 骨髄液の抽出を続けている

(聞くところによると かなり痛いらしい)のが、
子供への思いやりが“やはり”ない、という
描写ということになります。
ただこれ、「子供を思う気持ちがあっても
背に腹は代えられんよね」とか、
「そうはいっても遊んで暮らしたいよね」という
人間の人間らしさというか弱さというか、
広い意味で人間賛歌のようなことかもしれなくて。
いずれにせよあやふやな感じなんですが
「好意的に取ればこれがそうかもしれない…」
というのが、

ここで財宝に目もくれず栄を見上げていることと、

財宝を得て、錬金術の必要がなくなったにも拘らず
栄を追いかけたことです。
まぁ二つ目の 追いかけたことについては
「あんたは大切な一人息子なのよ!!」という
セリフをいうために追いかけたという
作劇上の都合のようにも感じてしまうのですが…
(ちょっと演劇っぽくもありますね)。
そんなわけで、母親 富子が
母性愛を持っているのかどうかは
はっきりとはわかりません。
その、どちらとも取れるという手法自体は
よくあるやり方ですし別にいいのですが、
その手法で描かれている、ということ自体が
なんだか薄らぼんやりとしていてよくわからない。
これはあまりよくないように思います。
なんといっても『黄金の貧乏神』のストーリー性は
そこに全てがかかっているといえるのですから。
次回は、全体の構成を見ていこうと思います。
どうかよろしくお願いいたします。
〈つづく〉