ぼちぼちと更新していければ

(毎週土曜日中の更新を目指しています)









引き裂かれた二人!? うる星「愛の行方」レビュー

梨の季節である。
以前は二十世紀梨
比較的容易に手に入るところに住んでいたのだが、
現在住んでいる東京ではほとんど店頭に並ばない。

「うる星」にも梨の話があって
どんだけネタに困ってたんだよって感じだが、
まぁそれはいいとして
「愛の行方」(20-3)のレビューである。

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表紙はラム(残念胸)と栗子さん。
なぜ栗子さんのほうだけ出て
長十郎さんは出てこないのか。
栗子さんが女性キャラだからなのか?

まさかとは思うがサブタイトルから考えると
娘二人が報われない愛を憂いている絵なのか?

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特に面白いことが起こらないから映さないだけで
見えないところで授業はして…ないのか。
淡々とした授業シーンなんて、
登場人物がモノローグを語る時ぐらいしか
使い道がないものだが、
こうはっきり授業はやってないといわれると、
単位とか大丈夫なのか?と思ってしまうな。

そのせいで季節が巡っても
卒業が訪れないのかもしれないが。

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栗子さんのほうは野生なのかね。
だからこんな適当な名前なのかな。

栗子さんと長十郎さんは、言ってみれば
野良犬と血統書付きぐらいの差があるのだが
そういう身分の違いの話にはされなかった。
めんどくさいことになりそうだしな。

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周りに“なって”いる兄弟の梨たちには
意識とか自我とかはないのか。
そいつらと恋の鞘当てになったら
めんどくさいことになりそうだしな。

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死なないんだ。

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ラムには長十郎さんの顔(目)は見えんのか?
後ろのページでは、ラムが栗子と顔を見合わせて
意思疎通しているように見えるが。

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なんで梨が頭にくっつくのか。
「そうだこの人間の身体を使って…!」
とかいう説明が、
一切ないところがもはや清々しいな。

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ギャグ漫画だから非常識なところはまぁいい。

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でも妖力だとか、突然変異だとか、
そういう何らかの説明はないとダメだろ。
恋愛の力なら、
同じ枝に“なって”いる兄弟梨だって
同じように恋愛するべきだし。

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ふ~ん、そうなんや。
(自分の)夢の中では抗えなかったみたいやけど。

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「だっちゃ」言葉ではないラム。
後に出てくる女言葉の竜之介といい、
アニメ版では面白いことになっていそうだけど
まったく覚えてないなー。
(ちなみにアニメ版は#127の
「愛のすみかはいずこ?栗子と長十郎」。)

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このパターンは印象に強く残るので、
あんまり多用しないでほしかったなぁ。

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アニメ版はほとんど覚えていないが
おそらく古川登志夫氏と神谷明氏が
あの感じでノリノリでやったのだろう。
覚えてはいないが容易に想像できるな。

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最初からそうしとけ、といってしまうと
話が誰得になってしまうじゃないですかやだー。
まぁ「うる星」は
誰得エピソードばっかりなんだけれども。

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そして誰得エンディング。
最後まで栗子さんはいが栗だった。
中身の栗が姿を見せることはなかった。

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大喜利オチもどうなんだろうねぇ。
ないと“しまらない”けれど、
これをオチにされてもなぁ、とも思う。
錯乱坊に言わせるのがまたお手軽っぽくて。
何とかクラスメイトに組み込めなかったものか。

 

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「ま、いつものこっちゃから」と
あたるが言うのもいとおかし。〈おしまい〉

バンド解散の危機!?「宝塚への招待」レビュー(後編)

さてさっそく続きを始めよう。
「宝塚への招待」レビューの2回目だ。

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亜月くんはなんでカッコつけてるんだ?
“憑依”などの心霊現象をバカにしている、
と見るのが妥当ではあるが、
寺まで来ておきながら
自分だけ座らないのが解せない。
真彦に対する反感もあるのだろうが、
なんか勝手なことしてるよねぇ。

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月に2回、公演を見るというのが
リピートなのか、違う演目を見るのか
よくわからないんだけど、
なんで9月以降は見なくていいんだろう。
“宝塚”ファンならわかるネタなのかなぁ
(編成の区切りとか卒業とか)。

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いやあんたも盆は働けよ尼として。

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ここで亜月くんと
ギターのフラッパーくんが出ていくが、
意味ありげに去っていくのが腑に落ちない。
準備のためとか一言言わせるだけでいいだろうに。

そこが意味深になってしまっているので
「あぁ、ステージを成立させるために
まともな二人を温存したんだな」と、
ストーリーの仕掛けの方に意識が行ってしまうのだ。

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宝塚風の衣装は突然出現したとしか思えない、
という事は宝塚風のメイクも、
おばあちゃんが霊力で改変したのだろう。
しかしそれならばなぜ、
右半身を真彦に残してやっているのか。

本来は、全身宝塚でステージに登場し、
その後、真彦の覚醒のタイミングで
あしゅら男爵化するべきなのだ。

それを端折ったのは、
ステージに登場した時のインパクトのほうを
重要視したかったからだろうか。

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ナンセンスギャグ漫画に近いからといっても、
辻褄も大事にしてほしかった気がするけどなぁ。

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はっとする正彦。
亜月の台詞が響いて覚醒したような描写だ。
しかし続く台詞が

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演奏やステージよりも
おばあちゃんに対する怒り・憎しみを
前に出したものだったため、
真彦にとっての音楽の重要性が
おざなりにされているように感じる。

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バンドメンバーは
演奏が無茶苦茶になったと嘆いているが、
どう無茶苦茶だったのかは語られていない。

真彦は曲がりなりにもギターを弾いてるし、
奇抜なパフォーマンスということでは
米米CLUBジェームス小野田のようでもあり
米米CLUBはこの「宝塚への招待」掲載当時
既にメジャーになっている)、
“WILLOW”の音楽性をどう損ねたのか、
そこは描かれなかった。

だから真彦の立ち回りが
ステージを台無しにしたのか貢献したのか、
よくわからないのだ。

コンテストがどうだったのかは描かれなかった。
ボーカル交代のことも回収無しだ。
ちょっとひどいんじゃないか、とは思う。

まぁ結局は、真彦のおちゃらけノリの解放、
というところに収束させたかったわけで、
他のことについてはページが足りない、
という感じなのだろう。

おばあちゃんとの仲直り=赦しを得たので
これから先の真彦は、棒立ちになったりせずに
ノリノリになれるわけで、
それがバンドの未来を示していると
言えば言えるかもしれないが、
やっぱり言ってもらわなきゃわからないかなぁ。

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気付くのも怒るのも遅いよ君は。

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話としては、おばあちゃんへの未練、憐憫の情を
こういう形で表しました、ということだろうけど、
この下品な感じが
フェイク/照れ隠しとは言い切れないのがまた。

前ページのおばあちゃんの変顔に被せる形の、
2段落ちのギャグのつもりかもしれないけど、
それによって失ったものもあって、
どうにも読後感が良くないように思う。

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救うつもりなのか最後に情感出してるけれどもさ、
おばあちゃんはとっくに成仏しちゃってるんだし、
供養というよりは
真彦が、宝塚を好きな自分を取り戻した、
というだけのようにも見えて、
なんだか品のないストーリーだったなー、と。

ヒューマンドラマだから
そういうのもあってもいいのかもしれないけれど、
切なくなるわけでも、ほっこりするわけでもない、
気持ちの持っていきようのない話だったと
僕は思う。

“宝塚”が“宝塚”である必要なかったしなぁ。
女の園だとか、全然関係なかった。
衣装やメイクがケバい、それだけだった。

もうちょっと、
丁寧な造りにしてくれたらよかったのに。
これ32ページあるけど、
1回でまとめるのは無理がある。
短期集中連載とかできなかったもんなのかなぁ。

すみれの花咲く頃…「宝塚への招待」レビュー(前編)

今期見ているアニメの中に
「かげきしょうじょ!!」というのがある。
以前からスポ根は好きなほうなので、
「かげきしょうじょ!!」も
女子たちが頑張っている姿がたいへん好ましい。

彼女らは“歌劇”の世界を目指していて、
物語中ではそれは「紅華歌劇」とされているが
言わずもがな、「宝塚歌劇」がモチーフである。

僕は“宝塚”には全くうとくて、
観に行ったこともなければ
テレビの宝塚番組をちゃんと
通して見たこともないのだが、
阪急沿線に住んでいたこともあって
“宝塚”の存在感はよく感じていた。

その“宝塚”をネタに取ったのが
「宝塚への招待」である。

なんだろうねぇ、このネタの取り方は。
身近にきっかけがあったんだろうなぁ。

まぁそれはいいとして、レビューを始めよう。

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漫画でも「アバン」というのかな?
タイトル前の導入部は
“宝塚”のイメージから始まる。

薄ぼんやりした記憶の描写なのだろうけれど
導入部の作画にしては物足りない。
すぐ下の真彦少年の表情と
タッチが合っていないのも気になるところだ。

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表紙である。
誰なのかというと、歌劇団の男役のわけもなく
主人公の真彦なのだろうが、

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後に出てくる“あしゅら男爵真彦”の左面なので
実質は、おばあちゃんの肖像ということになる。
花輪で囲んでいるから、
“遺影”の趣きもある。背景黒いし。
ま、見開きで見ると目線の先に
当のおばあちゃんの遺影の絵があるのがアレだが。

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1993年6月に亡くなったおばあちゃんは、
余裕で戦争体験者だ。
宝塚音楽学校を受けたのは
年齢的に考えると、戦前だったことだろう。

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ビジュアル系だ。
ここで半分ぐらいオチは見えたようなもんである。
見えたオチに至るまでを楽しむ、という
水戸黄門コロンボ的な世界でもある。

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孫だけがこういう配慮を見せるというのは
ちょっと不自然だけどなぁ。
ポスターが主張しているところとか
伏線の仄めかしがハンパないけど。

こんだけ“宝塚好き”を
認知されてるおばあちゃんなら、
祭壇周りに“宝塚グッズ”を
たくさん飾ってもらってる気がするんだが。
同好の士も、葬式にいっぱい来ているようだし。

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この人あたりが
宝塚のネタ元の人なのかもしれないな。

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好感持てるような感じに描かれてるし。

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鳥坂先輩もよくおっ立ててたが
こいつのはなんつーか下品だよな。
頁をめくる前のキメゴマだから
強めに描いちゃったのかもしれないけど
血の繋がった祖母に中指はないわー。

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歌舞音曲ってなんだ?
カタカナでルビ振ってるところから察するに
こいつらが作った音楽ジャンルの造語か?
と思ったら普通に辞書に載ってる言葉だった。
お恥ずかしい。

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渋谷eggmanとは、結構やるやん。

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この棒立ち、笑うとこだと思うんだけど
仕掛けがイマイチでそんなに笑えないんだよな。

彼らはビジュアルだけのバンドというわけでも
なさそうで、であればまず
音楽性が問われるべきだと思っているので、
ボーカルが棒立ちだからって
無神経に笑っちゃいけない、って
一歩引いちゃうんだよな。

たぶんその辺、
最近のお笑い界における、
暴力性のある笑いをとりまく世論と
同じことなんだと思う。

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真彦を含むバンドメンバーは高校生なのだが、
高校生である必要はあるのだろうか。
まぁ社会人にしてしまうと
生活基盤を問われたりしてめんどくさいんだろうが、
大学生あたりということにすれば
もっと自由に動かせる気がするんだけれども。
酒や煙草も小道具で使えるし。

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えっ、ボーカルは声と歌唱力で決めろよ。
そもそもアミダで決めたってのが有りえないし、
アミダで決めたようなバンドが
真彦の棒立ち気にするなよ、って話でさ。

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昔の記憶と見せかけて、実は
憑依されているときの視覚情報だった、という
いわば漫画における“叙述トリック”である。
これはちょっと手が込んでいる。

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見開きを使った歌劇の舞台の描写は
たいへん見ごたえがある。
手法はアバンの絵と同じっぽいけれど、
高橋留美子氏お得意の、
パースが利いていたり斜めに傾げたりといった
テクニックが絵を引き立てていると思う。

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劇場で解放された真彦。
この後3回ほど、なんとかして穏便に
彼の身体を使わなくちゃならないのに、
ずいぶん雑なやり方だ。

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霊感強いはずなのに、
素人同然のビビり具合いだ。

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霊界に持って帰れなくても、
お買い物するだけで楽しいんだろうな。

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柚子原の妖怪アンテナ的な能力として
後々でも使われるかと思ったが
そんなことはなかった。

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「パシャ」って何の擬音だろう。
この頃は舞台の撮影可だったのか?
それともおばあちゃんの
心のフィルムに焼き付けている、
みたいなことの表現なのか?

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どう違うんだよ?
と思ったら次のコマでは話が終わってて、

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なんだか繋がりが悪い。
すぐに街頭インタビューが映るから
困惑することはないけど、いろいろ雑だなぁ。

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おっとっと。

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おばあちゃんのお友だちのこの尼さん。
不吉な人物からストーリーテラーへと
大きくポジションを変えているが、
最後までギャグをやらせず、
まともな人で通したのは英断だ。
この人がいるから
安心して読み進められるような気もするのだ。


ずいぶん長くなったので今週はこの辺で。
次回に続きます。

異常気象も増えてきた昨今…「Lサイズの幸福」レビュー

高橋留美子の作品中、伝承もののスタンスで
いちばんの大作といえば「人魚シリーズ」だろう。

“人魚”というモチーフは、
日本でも古来から語り継がれてきたようで、
単なる“おとぎ話”とは違って
ぼんやり信憑性のある話である。

昭和期の漫画では、
伝承もの、古潭、言い伝えなどの
ミステリアスな昔話を題材にしたものも
よく見られたが、
高橋留美子氏もその辺りはお好きなようだ。

今回取り上げる「Lサイズの幸福」は
“座敷童”がテーマとなっている。
現代(といっても平成初期だが)において
座敷童がいたらどういう騒動になるのか、
それを“ビッグコミックオリジナル”の
読者層向けにアレンジして
描かれているのがこの作品だ。

このレビューを書くために
ビッグコミックオリジナル”を調べてみると
ビッグコミック”よりもターゲットの年齢層を
少し上に設定している、とあり、
これは僕の印象とは違うものだったので
少し驚いた。
作風などが取っつきやすい“オリジナル”に比べて
“ビッグ”は古臭いイメージがあり、
“オリジナル”は中年向け、
“ビッグ”は中高年向け、と思っていたからである。

「Lサイズの幸福」は
子供のいない夫婦が持ち家を取得する話で、
主人公たち=読者の投影 は
三十代前半といったところだろうか。

注意しなくてはならないのは
掲載された1990年、
日本がまだバブルの只中にいたという事である。

それでは見ていこう。

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扉絵は幸せそうな2世代家族の絵だ。
この和紙のランプシェード流行ったなぁ。
フローリングに大きな掃き出し窓という
この頃の憧れの住居、という感じだが
お義母さまがリビングで針仕事をしているので
おそらくここは、
買うはずだった6100万の物件のイメージだろう
(実際に購入した家では、お義母さまが
 畳の部屋を与えられている)。

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添えられたバラはなんだろう。
記念日のイメージ、ギフトのイメージ。

華やかなこの風景が理想のイメージです、と
扉で開示することで
主人公の華子のキャラクターを
読者に印象付けているのかもしれない。
実際には彼らにとっては
座敷童がギフトだったわけだが。

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初っ端、
スポンサー(予定)の義母に媚び諂う華子。
令和の今から見ると、やや不自然でもある。
義母を迎えるとはいえ、自宅で
“派手に見えかねない”化粧をする、というのが
もはや違和感だ。時代は変わってしまった。

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ダイニングキッチンの作画は力が入っている。
テーブルクロスが椅子に引っかかっているあたり、
アシスタントさんによる
写真からの描き出しのようではあるが
作画カロリーが高いとやはり満足度も高い。

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ちらりと垣間見せたように
この物語の本質は、姑との同居問題である。
華子と姑との間には
特に問題がないように描かれているが、
ひょっとしたら座敷童やいろいろなトラブルは
姑のメタファーかもしれず。

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座敷童は家に憑くというが、この話では
お義母さまが連れてきたことになっている。
言い換えればお義母さまが福の神ということだ。

ストーリー上では、座敷童の悪戯によって
お義母さまの機嫌が悪くなっているが、
要するに華子夫婦の運気に
大きく作用しているのはお義母さまなのである。
座敷童(大)は
お義母さまの暗喩だと思ってよさそうだ。

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どう言い訳しても、
華子が夫の見送りをしなかったことは事実なのだ。

来訪した姑が息子の世話を焼くことに対して
大きなストレスを抱えたからかもしれず、
この時点で華子がノイローゼに陥っているという
描写なのかもしれない。

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100坪以上はありそうで、
そう考えると6千万は安いかもしれないけど
開発前の田舎、と考えると結構なギャンブルだし、
頭金もない団地住みが最初に買う物件としては
かなりの高額だ。さすがバブル。

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華子……。完全にヤバい奴やん。

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あぁ、アカン奴や……。
平成の終盤から令和にかけて
気候変動による土砂崩れや土石流が
どれだけあったか、
この頃は予測すらできないだろうな。

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こはちょっと読み解きが難しい。
華子とお義母さまの仲を悪くするために
座敷童は悪戯をするわけだが、
そのやり方が、
お義母さまの気持ちの代弁というわけでは
なさそうだからである。

やはり座敷童とお義母さまは別人格なのか?

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このやり取りは
ある種のギャグとして描かれているけれど、
華子が妄想狂となっているのでは?
という視点で見ると、もうほんとにヤバ過ぎる。
言葉が通じていないんだもの。

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お義母さまはここまで
何も悪いことはしていないし、
なるべく息子夫婦に歩み寄ろうとしているしで
まったく非がないのだ。

華子には、そのことが見えていない。

その、「見えていない」ということが、
座敷童的ではないか。

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そうかもしれない。
そしてこの、ノイローゼじゃないのに
ノイローゼ扱いされてる、と
思い込んでいるノイローゼ患者、という構成は、
単なるヒューマンドラマではないのかもしれない。

この「Lサイズの幸福」は
ほんわか人情ギャグ漫画などではなく、
結構、ホラー作品なのかもしれない。

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スズキアルト(1988~)かな、たぶん。

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華子はアタッシェを抱いているように見えますが
まさかの現ナマですか。
事故で燃えなくてよかったねぇ。

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なぜ座敷童は隆一(夫)にも作用したのか。
そしてなぜ、夫婦を守ろうとしたのか。

本来的には家に憑く座敷童だから、
華子夫婦の未来を守ろうとするのには
違和感がある。

家を介さずに華子夫婦を守る、
その動機があるのは“お義母さま”だけである。

だからやっぱり、
座敷童はお義母さまのメタファーだと
捉えられると思うのだ。

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即座に「そんなことより」と
言ってのけるお義母さま。
ええ人や……。

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物件を買わせない(不幸な損害から守る)という
目的を遂行した座敷童。
この後、華子には見えなくなるというのが
一つの解答のような気がする。

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華子夫婦の重要な局面には影響力を及ぼすが、
ひとたび物事が収まれば、
あまりうるさくしないようにする。
つまりお義母さまは、
相当に理想的な姑なのである。

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華子にとっての座敷童は姿を消したが、
お義母さまには小さな座敷童が現れた。

それはつまり、新しく家族となった華子である。
華子はたいした働きはできないが、
ちっぽけなりにお義母さまを助けてくれる。

つまりここでは、座敷童とは
人と協調していこうという心なのだと
読み取ることもできるかもしれない。

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お互いに、お互いが
助けてくれる存在であると認め合った間柄では
この最後の掛け合いの台詞も味わい深い。
人の優しさに満ちているといえるだろう。


最後に「Lサイズの幸福」というタイトルについて。
“大きい幸福”というのは単純に考えれば
作中の、大きな座敷童を指すのであるが、
彼と共にビッグな幸福がやってきたかといえば
住宅物件自体は
希望のものより一つ落としたものになっており、
つまり最上とはなっていない。

このことから、
“(何かと比べて)ラージサイズの幸福”、
というニュアンスが拾いにくい。
好意的に考えれば、
巡り巡って最終的に手に入れたもの
(お義母さまを加えた家族で暮らすこと)が
結局は一番大きな幸せなのだ、と
(青い鳥風に)解釈することもできるが、
ストーリーの結末に
妥協の雰囲気が色濃く漂っているので
どうもそんなに“Lサイズ”な感じがしないのだ。

災厄から“守った”のは確かだが
特に繁栄につながるようなことは
起きなかったからなぁ。

そこから受ける印象を
処理しづらい感じのするタイトルなのだ。
かといってこじんまりしたタイトルでは
なんとも景気が悪くてぱっとしないし。

意味を掛け合わせるタイトルは
上手くはまると引き立つけれど、
収まりが悪いと読後感にも影響するので
あまり無理をすることはないんじゃないかな、
と思います。〈おしまい〉

囲われもの

高橋留美子氏のTwitterで、
仕事場の蔵書が公開されているが
小説ばかりで漫画の気配が少ない。

いろいろと憶測するところもあるのだが、
もしかしてこれ、
小学館以外の漫画単行本”を
極力見せたくない意図だったりしないか?

小説ならまぁセーフ、とか。

そうじゃないとあまりにも不自然なんだよね。

しかし漫画家公式をうたっていながら
そういうのはちょっとどうかと思うので
釈明のためにも“最近の購入漫画”も
晒していただきたいもんだ。

「めぞん一刻」にお盆はあるのか?

お盆である。
コロナのせいで帰省を自粛するよう言われているが
国民の我慢も限界で、
かといって羽目を外したら、災厄が降りかかるのは
自分と、自分がどうしても会いたいと思った
その相手なのだから難儀なことだ。

お彼岸と違って連休でもあるため、
“お盆”は正月と並んで
親族が久しぶりに顔を合わせやすい場でもあるが
その機会が昨年から、半ば失われているのは
嘆かわしいことである。

さて本題だが、「めぞん一刻」において
お盆の仏事のエピソードは
描かれたことがない(たぶん)。

命日の墓参りの描写はやたらあるので
これ以上あってもお腹一杯ではあるのだが、
それにしても無さすぎる。

仏壇自体は音無家にあるから

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仏壇のない一刻館で暮らす響子が日々、
惣一郎との通信をできるわけでもない
(心の内の会話はともかく)。

命日をあれだけ大事にしている響子が
お盆の法事に関わらないのはなぜなのか
(たぶん過去に、先人が考察してると思うが)。

身も蓋もない話をしてしまえば
そもそも掲載誌のスピリッツが当初
月刊・月2回刊であり、
大事なサマーシーズンを
お盆エピソードなんかに使えるか!
という事だったのだろうと思う。
水着回もやらなきゃならんし。

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じゃあお盆が意識されてなかったかというと
数回はそれらしき描写がある。

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実家の定食屋をぶんどるべく
五代が帰った時期は、おそらく盆だろう。

義兄の正一が既に退職済みならば
盆じゃなくても帰省の自由がきくが、
定食屋を継ぐこともまだ決まっておらず
あまつさえ小さな子供も扶養している状態では
無職は考えにくい。
だからこのシーンはお盆の光景だろう。

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五代の乗った新幹線には
子供連れも乗っているしね(母親が、父親抜きで
夏休みに帰省してしまうパターンかもだが)。


もう一つは
明日菜が三鷹の部屋で一夜を過ごした日だ。

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夏の法事だからお盆なのだろう。
響子が五代に夕食を用意したその日も
お盆ということになる。
どんな夕食を作ったかと思えば

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エビフライなんかもあって、
到底 精進料理っていう感じじゃないけど。


まぁなんというか
夏は仏さんに構っていられないぐらい
忙しいしね。
って感じかな。

惣一郎さんは重要なファクターだけど、
響子の水着のほうがもっと重要、って事かと。

 

台風シーズン到来! うる星「台風は楽し」レビュー

この週末は台風10号が接近する予定である。
当初3つの台風がフォーメーションを組んで
オリンピックを蹂躙しにやってくると
いわれていたが、
そこまでひどいことにはならなさそうだ。

台風10号は、規模としても
さほど大きくはなさそうで、
しかし夏季休暇に入る前の貴重な週末を
雨の予報で意気消沈させるには充分な存在感である。

台風が来なかったとしても
コロナが猛威を振るっているので
特に出かける予定もなかっただろうし
雨が猛暑をやわらげると思えば
それはそれで実利的なのかもしれないが。

さて台風といえば
うる星「台風は楽し」(10-7)である。
アニメ版の「パニックイン台風!」も
遠藤麻未氏のかわいいラムが堪能できて
とても良作だった記憶がある。

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まずは扉絵から。
ラムの肢体に目を奪われるが、
背景の洪水に流される家屋の作画が凄い。
黒塗りのコントラストもあって
楳図かずおか藤子Aか、というような力作だ。

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この頃は未曾有の災害は想像上のものだったが
ニッポンが震災や水害を何度か経験するうちに
“非常食”というものの知識も構築されて
今やこんな、お菓子やらジュースやらを
準備する家はないだろう。
停電が長引くのであれば
冷蔵庫内の食材を使ってしまうことが先決だし
最初の24時間などを乗り切れば
食料の配給も行われるだろうという知見も
一般に浸透しているだろうし。

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尋常ではない喜びようのテン。
うれションしそうな勢いである。

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台風時、窓に木板を打ち付けるという文化は
僕の回りでは見たことはない。
このエピソードの雑誌掲載時の昭和56年であれば
ほとんどなくなっているのではないかと思うが
この行為で
“密室”(的な状況)を作り出しているので、
このエピソードとしては必須なのである。

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なんと邪気の無い表情。
まぁ実際、友人たちと一緒にいる時のあたるは
“キャラ作り”しているのかもしれず。

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雨漏りか…。
後ろのコマを見ると瓦葺きでもないようだが

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そんなにするものか?
僕は平成半ばまで集合住宅住みだったから
よく知らない世界だ。

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アニメ版であたるの父が
ローン地獄を嘆いている印象が強いから、
最近建てた家かと思っていたけど、古いのか…。
あたるの出生と同時に建築、であれば
築16年ぐらいだから、
古いというにはあたらないように思う。
中古物件をローンで購入したのだろうか?

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携帯用Gコンの描き込みがすごい。
面倒なので“アホ機械”にしてお茶を濁す
ではなく、ちゃんと向き合っているところが
たいへん素敵である。
また飯椀の模様が不思議なことになっているが
これは他のコマで飯椀をそういうふうに
描いたからなのだ。
極めて実直であり、誠実である。

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ほんとすげえなぁ、この背景。
ウソみたいだろ。ギャグ漫画なんだぜ。これで。

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漏電感電待ったなしである。
ブレーカーもぶっ飛びそうなもんだが。
このページでのラムは

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常識を持ち合わせない無垢な感じが描かれていて、
見ていてたいへん楽しい。

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口元とか肩の入り具合とか指先とかに
松本零士っぽさが。

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おいおいもう浸水2m超えてるやん。
この数年でもこのレベルの水害は現実にあったので、
漫画の話と笑ってばかりはいられないのだが……。

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なぜ下の水にGコンが作用しないのか。
雨水と氾濫水の、成分の違いなのか。

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パニックものの王道的なシーンだ!
実に正しい!!
上下からというのがまたナイスアイデアで、
無印スター・ウォーズのゴミ圧縮部屋を彷彿させる。

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このコマの作画は立体的で遠近感もあって、
とてもいいなぁ!
今にも動き出しそう、というか
脳内ではもう動いて見えています。

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当時このボケには笑ったなぁ……。
ヘタレな父親を頑張らせておいて
やっぱりポンコツ、という構成は
かなり先進的だったように思う。

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潜水艦が沈没するパニック映画などでの
救助における共通言語、
こういうのを楽しむためにも
漫画以外の知見を広げておかなくては、
と思う青春でした。

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ご近所さんがポジティブに片付けているが
これ完全に激甚災害である。
「どうなさいました」じゃないよ……。

まぁ一晩で元に戻るギャグ世界なのだけど、
もうこういうギャグはできないのかな。
たくましく困難に立ち向かう感じでも
NGだったりするのだろうか。

このエピソードを楽しめた世代で幸せでした。