ぼちぼちと更新していければ

(毎週土曜日中の更新を目指しています)









うる星「妖花・サクラ先生」レビュー

2020年も師走に入ろうという今日この頃、
日本を含め、全世界的に
新型コロナウイルス」が猛威を振るっている。
そこで今回は「うる星やつら」コミックス5巻より
「妖花・サクラ先生」をレビューしたいと思う。
不謹慎かな? まぁいいや。

まずは表紙から。

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あたると面堂、コースケその他が
サクラに翻弄されそうな男子高校生たち、
といった体でひとかたまりに配置されているのが
なかなかに興味深い。実際このエピソードでは、
あたるは極めて常識人なのだ。
ストーリーも連載初期からの流れの、
あたるが奇想天外な事件に巻き込まれる、
という形である。

このあたると面堂の腰つき足つきが、
どこかスラップスティックな感じがして
とてもいい。
超人の諸星あたると超人の面堂、ではなく
ただの多感な高校生「たち」が
よく表現されていると思う。

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面堂のこの台詞はなかなかだ。
もちろん後々のサクラへの食いつきの布石だが
コミックス 3-9 「君まてども…」で
まだ見ぬ組野おと子を「不細工で無教養」と
言っているところからしても
彼はフェミニストとは到底言えず、だから
コミックス 4-9 「魔のランニング」で見せた
女性を蔑視するような態度は
必ずしも操られていたからではなく
図らずも露見してしまった彼の本性だった。

そこが金持ちのいやらしさを引き立てていて、
味わいがあったのだが、
物語の中盤以降、彼のそういったアクが
なくなってしまったのは寂しいところである。

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ここでサクラが登場する。
表紙で描かれているので既に登場はバレているが
ここまで費やしたのはたった2P、1見開きであり
やっと出た感はまるでない。
むしろテンポよく状況説明をし、
さっくりスピーディーに出てきた感じを受ける。

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アニメ化に際して押井氏だったかが、
うる星やつら」における
プロセスを省いて結果にジャンプするギャグ、を
たいへん評価していたように記憶しているが
このコマもその手法である。

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この台詞はちょっとわかりにくい。
ストーリーの序盤であたるは
顔色悪い/発熱(?)→食あたり、と
不調をきたしている。
健康診断の時点で治っているようだが
数ページ前までベッドで寝かせてもらっていたのに
この台詞はないだろう。

あたるだけ不調に見舞われていない、
ということを強調したかったのだと思うが
なぜあたるは病気にならなかったのか。

病魔は、サクラに祓われるのを避けるために
サクラを避けがちなあたるの中に居るのだが
サクラの色香に惑わされて出てきてしまう。

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お祓いができていない=執行されていない、のに
避けていたサクラの前に出てきてしまったのは
男子生徒たちの煩悩に共鳴してしまったからなのか。

ここちょっと苦しいよね。

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これは完全に、まこと虫。

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かの名高い「なぐるけるのぼうこう」は
これが初出だっただろうか。

とまぁ、
「ウイルス」のエピソードを取り上げるのは
今ぐらいしかなさそうなので。

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次週はコミックス 10-9 「風邪イヤですね」を
レビューする予定。
新型コロナも早くどうにかなってほしいものだ。


あとサクラの就任で、
前任のこの先生はお辞めになったのか(4-7)

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今なら一定の需要がありそうな感じだけどなぁ。

「らんま1/2」のコミックスの再販

5ちゃんねるの掲示板で
らんま1/2のワイド版コミックス最終巻は
 プレミアが付いて1万円を超える値段で
 取引されていたが、この度重版がかかって
 定価で入手できるようになった」
という投稿を読んだ。
ほー。

amazonに確かめに行くと
たしかにそういうマーケットプレイス商品が
定価の新品と共に出品されている
(「販売元」にはモザイク処理をしています)。

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望むコンテンツを手軽に入手できるのは
たいへん素晴らしいことだ。
特に、物語の一次出典(というのかな)の部分は
基本的にはいつか著作権フリーな古典となって
人々が無料でそれに接することができるように
なるべきだと思う。

もっともコレクター対象などは、
それはそれで価値が守られてもいいとも思う。
ただそれはいわゆる「珍品」に限られるべきで、
発行部数が少なかったからといって
メジャー作品にプレミアが付くのは
ちょっと不自然なことではないだろうか。


僕はマンガを漁り始めたのが
インターネットが普及するよりも
だいぶ前だったこともあって、
古本の存在に関しては擁護派である。
古本の売買では作者に利益が還元されない、
という理屈はわかっていて、
だから新品で買うべきものは
なるべく新品で買うべきだと思うけれど、
出版社の商売の都合で版を絞ったり、
再版がかからなかったりする以上
ユーズドの存在はなくなってほしくない。

他人の手垢のついた本は
あまり気持ちがいいものではないけれど、
基本的に、中身の「情報」には関係ないのだ。


で、さきほどの「らんま」ワイド版の話だが
通常のサンデーコミックスが
広く行き渡った後に発刊されたワイド版、
巻を追うごとに売り上げが減っていって
最終巻ともなれば、
発行部数も相当減ったことだろう。

プレミアが付いてもおかしくない状況ではある。

ただ、まぁ、
ワイド版じゃなければ、
全巻セットでもかなりの量が流通していて、
値段もお手頃なのだ。

確かにワイド版は作者インタビューがあったり、
版型が少し大きかったりもするだろうけれど、
ストーリーを「摂取」するぶんには
たいした問題ではない。

例外があるとしたら、
ワイド版で揃え始めてしまった新規ユーザー、
というパターンだろうか。
そういう人が
最終巻だけ買えない状況があったとしたら
それはちょっと同情すべき話である。

通常版、新装版、ワイド版の
全てを揃えているような人は…知らん。
自分で何とかしてほしい。


さて僕は「らんま」は
途中で脱落してしまったのだが、
ファン層は体感的に
中学生が多かったように思う。

「らんま」はエロ要素が結構多くて、
それも若い世代には
悦ばしかったのではないだろうかと思うが
先ほどの古本のプレミア価格と併せてみると
まるで自分の小中学校の頃の
永井豪先生の
キューティーハニー」や「けっこう仮面」、
それらを成人後に入手しようとしたら
ヤフオクで結構な値段(こりゃまた結構!)が
付いていた、のと
同じような構図だな、と思った。

思春期のエロへの導きとなるコンテンツは
その後の性癖に多大な影響をもたらすと思うが
永井豪先生のそれが凌辱だったり
お姉さまだったりするように
「らんま」も何らかの性癖を
その世代にもたらすのだろうか。

いうて乱馬は精神が男だからねぇ。
女乱馬の裸を見て欲情するのは
ジェンダーについてたいへん開放的か、
何も考えてないよっぽどのドスケベか、
だと思うんだけど、
中学生でそのことに考えが至らなかった読者が、
大人になって改めてそれを認識して
どう思うのか、聞いてみたい気がする。

親友が女体化してどうの、という漫画は
探せば結構あると思うが
女体化した男の親友と性的関係を持つ、
というのは僕的にはちょっと難しい話だ。
言い換えれば
トランスジェンダーを親友から告白されて、
恋愛関係になれるかという話にも通じる。
自分のキャパが狭くて、そこは申し訳ない。

それは難しいんだけれども、
自分が女体化するのにはちょっと興味がある。
もっとも生理の辛さや、
出産の苦しみまで背負う根性はないので
自分勝手な話なんだけれど。

で、「らんま」の場合、
乱馬に対して一人称で欲情するか
二人称で欲情するかで
けっこう違いがあると思うのだが、
そのどちらをもターゲットと成しえた
この作品はたいへん罪深い。

らんま1/2」は
1987年から1996年まで連載だから、
当時中学生(13歳~15歳)の人は
今現在37歳から48歳ってところですか。
やー、どうですか最近は。
そういう方たちと、
性癖の話やトランスジェンダーの話を
ちょっとしてみたいものです。

映画「ビューティフルドリーマー」の感想・レビュー

先日の当欄でも触れた、
実写邦画「ビューティフルドリーマー」。
仕事帰りに新宿で観てきたので
それについて書こうと思う。

まぁそもそも
ビューティフルドリーマー」の感想ともなると
これはもう完全に「るーみっく」ではないわけで、
それを言い出したら押井氏の「B・D」だって
るーみっくじゃないだろうと
言われるかもしれないが、その昔
「サンデーグラフィック B・D」が出た時点で、
るーみっくとは関係ないよというのも
ちょっと苦しい話なのである。

で、本広監督版の「BD」の話を
ここに書くのは確かに逸脱しているのだけれど、
「B・D」の話がいちばん通じるのが
るーみっくの界隈なのだから仕方がない。

というわけで「ビューティフルドリーマー」の話。

そもそも本家「B・D」にしてからが
僕は理解しきってなどいないのが
前提ではあります。

ネタバレしないつもりはないので
行間を開けますね。
ネタバレを回避したい人は違うページにどうぞ。















それではさっそく。
まず他愛もない話から始めると、
劇中劇の部分のキャスティングがわりと良かった。
なかでもひときわいいなと思ったのは
カーチャ役の福田愛依だった。

「B・D」のラムの無邪気さ、屈託のなさ、
そういった役どころにまさにぴったりだった。
表情だけでなく、顔だちも
ラムを3次元に落とし込んだら
まぁこんなところだろう、と思えるぐらいには
イメージに沿っていると思う。

演技はちょっと難しい部分もあったけれど。
例えば茶缶をくんくんするところなんかは
実写では再現できない難しいシーンだった。
ただこれは誰がやろうが難しいわけだし、
彼女はいい線いっていたと
思うべきではないかと思う。

ただ原作のラムとは違うやね。
あくまでも「B・D」のラムとしては、だから、
彼女をもって
3次元のラム決定版というわけではない。

Twitterなんかではアヤメ役の秋元才加
高い評価を受けていて、
僕も台詞回しはサクラさん、いや鷲尾真知子さんを
演じるにあたってほぼ完璧だと思った。

ただ頬がこけ過ぎなのが気になって。
病弱な頃のサクラさんならともかく。

サクラもナイスバディでナウなヤングなので、
もう少し健康的な感じが欲しい気がした。

温泉マークはモリタ君がやっていたのかな?
例の喫茶店のシーン、
最初はたどたどしいなと思っていたけれど
最後セミの声に言及する頃には
しっかり温泉マーク(池水通洋さん)の
しゃべりになっていて、すごいなーと思った。


ではストーリーそのものについて。

Twitterではかなり褒められていたけれど
何が言いたいのか、
誰に向けたメッセージなのか。
僕はちょっと違和感を感じた。

「B・D」に乗っかる形でのメタ構造、
また大林宣彦監督への追憶というところでいえば
映画製作という楽しい時間、楽しかった時間、が
テーマであるのは明白だ。
言い換えれば自分の大切な充実した時間、であって
それは映画製作でなくても
野球でもサッカーでもいいし
バスケットボールでもアニメや漫画でもいい。

仲間と過ごした時間、
自分の想いを遂げるために
どこまでも時間を使う感覚、
そういった楽しい、楽しかった時間。

そこに想いを馳せるからには
今はそうでない、ということが重要だ。
今が楽しくないからこそ、
あの楽しい時間を大切に思う、
あの楽しい時間に戻りたい、
あの楽しい時間を終わらせたくない、
あの楽しい時間の中に閉じこもっていたい。

この点で、ラムと、
制作者&観客は立場が異なる。
ラムはまだ未来を知らないからだ。
ラムは今が楽しくて、
今が終わることを知らないし、
今の先が面白くないことも知らない。

この点、押井監督の「B・D」は
作品を永遠のループ化することで
ラムたちを保護したともいえるし
見限ったともいえる。

だが、本広監督の「BD」は
映画を完成させてしまった。
つまり区切りをつけ、終わらせたのだ。

楽しい時間には終わりが来る。
そうともいえるし、
もっと成長を、という意味かもしれない。
リコが失踪を詫びた行動が
大人になる、ということなのかもしれない。

または、作品を世に出すことを
自分たちの居心地よりも
優先しろということかもしれない。
産み出すのであれば、
心地よい羊水から出なくてはならない、という
これもメタといえばメタである。

いずれにせよ、一歩前へ、
というメッセージだと、僕には感じられたのだが
「楽しかった時間」への憧憬とそのメッセージとが
どうにもちぐはぐな感じもする。

なんとなく思うのは。

この作品がシネマラボの第一弾であり、
若手映画人へのメッセージ性を
強く発しているはずだ、ということである。

「楽しい時間」を出た先にも、
「楽しい時間」がまだまだあるのだ、と
だから作品を完成させ、
仲間たちとひとつ成長するのだと、
そういうことなのかなぁと、僕は考えた。

確かにそれはそうで、
例えば同人誌をやっていた人が
商業誌の制作に携わる、なんていうのは
夢の先の夢を辿り続けているようなものだろう。
草野球の先のプロ野球なんてものも
そういえるかも知れない。

ただ、そういう進路に進めなかった
多くの観客たちにとって
消化しにくいメッセージだったのではないかと
僕は思うのだ。

「誰に向けた映画か」
といえば、やはり若手映画人、または
彼らを支えるベテラン映画人に向けて、
だったのかな、と僕は感じる。


「B・D」の一部実写化は
なかなかうまくやっていたが
それが、この作品が我々「B・D」ファンに
見せたかったことかというとそれは違うと思う。

そんなことをやっても意味がないからだ。

「B・D」の実写化の
精度を誇っているようには見えない。
例えばわかりやすいところでいうと
温泉マークをぶん投げた後の
息を弾ませたサクラのポーズ、
あれは、アニメをトレスしていてはダメなのだ。
むしろ、2020年の映像テクニックでもって
超えないとならない。
そして超えたうえで観客に納得されないとならない。

でもそんなことは無理だ。
あのシーンは漫画・アニメ言語で描かれているから、
別の実写論法でどんなにうまくやったとしても
「それは『B・D』じゃない」といわれてしまう。

やむを得ずトレスにせざるを得ず、
しかしトレスなんかに意味はないのだ。

意味はないが価値はある。
多くのTweetがそれを示している。
確かに楽しい、楽しかった。

でも、やっぱり「パロディ」かな。

DAICON OPアニメ」に似ているかもしれない。
KEMOCONが今開催されたとして、
ビューティフルドリーマー」が
そのOPムービーだったら、
これは本当に素晴らしいことだろう。

まぁ「るーみっくじゃない」論争は
やっぱり起きちゃうと思うけど。


「B・D」を実写化しようとしてみたよ、
という「姿勢」を皆に見てもらう、
それによって勇気づけられて、
自分もやってみよう、と
立ち上がる後進がいるならば、
その役に立つならば。

「B・D」の実写化部分には
そういう感じを僕は受けた。


全てはたどたどしい模倣から始まる。
それはループではなく、
受け継いでいくものなのだと、
それはDNAにも似て、
未来に向かうものなのだと締めくくって
この作品のレビューといたします。

高橋留美子氏紫綬褒章受章のこと

11月2日に、高橋留美子氏に紫綬褒章が贈られた。
これを報じたメディアは多々あるけれど、
ここでは「コミックナタリー」を挙げておこう。

natalie.mu


まずはファンの一人として
「おめでとうございます」と申し上げたい。
その受章に充分な功績を残されたのだと思います。

実際問題、「らんま」以降おざなりの僕だが
犬夜叉」や「RINNE」が世間に評価されることに
異論があるわけではない。適材適所だ。
立派な事業をなさってきたんだな、
という思いに嘘はない。

面白いのは「うる星」世代、「らんま」世代、
犬夜叉」世代のファンがそれぞれ、
その作品がいちばん好きであることだ。
時代、世代に対応した作品を
氏が作ってこられたことの証でもあるだろう。

逆に言えば
ファンに固執していないともいえるだろう。
マニアはともかく、
同じ層に支持され続ける、という戦略は
取らなかったように見える。
これは編集サイドとの作戦かもしれないが。

なので、ある見方をすれば
ファンの新陳代謝がうまくいっているともいえ、
多くの他の漫画家からすれば垂涎だろうし
国民的、といって差し支えない事業と
いえるのではないかと思う。

wikipediaの、
紫綬褒章の受章者一覧#漫画家 を見ると
受章の傾向があるようなないような、
長年やってきた人もいれば
話題とのマッチングで受章したのでは?
というような人もいて、
これをもって「殿堂」というわけでも
ないような気もする。

高橋留美子氏の場合はその名前が
小学館の漫画刊行物の帯において
昨今特別な能力を放っており、
その辺りの、小学館の思惑なんかも
ちょっとあったりするのかもしれないな、
とも思うのだけれど。

正直言うと、パチンコをはじめとする
見境のないコラボを見ていると
なんだかなぁとため息が出たりするのだが
たぶん、高橋留美子氏は
とんでもなく「いい人」なのだろう、
というのが最近の僕の考えだ。
企業にうまく乗っかられた感じはするが
ご本人には悪気はないだろうし
育ちが良すぎて、
それらさえも好意的に受け取ってしまって
いたのではないだろうか。

まぁとにかく、これからも
お元気で漫画を描き続けていただきたい、
そうお祈りしております。

最後に、とっている新聞から引用を。
ネット記事は消えちゃうからなぁ。
問題あったらご連絡ください。

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2色カラーの「うる星やつら」

前々回にちょっと触れた
うる星やつら パーフェクトカラーエディション」、
さっそく買ってきた。
とりあえず上巻だけだけれども。

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amazonでは上巻は売り切れてて
マーケットプレイス
プレミア付きで出ている状況だけど
リアル店舗で定価で購入できた。
すんなり手に入ったからいいけど、
倍以上の値段付けるのは
せめて売り切れから
十年以上経ってからにしろよな。

さて、僕が初めて「うる星」を
ファンの立場から読んだのが
コミックス11巻の「薬口害」なのだが
「パーフェクトカラー…」上巻では
ちょうどその辺りまでのカラー原稿が
掲載となっている。

だから思いのほか新鮮だった。
結論からいうと買ってよかった。

それに、よく考えたら
白が白い紙で2色原稿を見たことも
あまりないような気がする。

何をいまさら、と思われるかもしれないが
ラムの髪の赤さが、
「色が入っている」ことを示す彩色ではなく
「赤い」ことを示す彩色だと
あらためてわからせられたような気持ちだ。

ラムの髪は、2色では
朱100(? 仕組みがわからないので)
になっているようで、
スミっぽさがない彩度の高い色だけど、
モノクロでコミックスに収録されると
かなり濃い目のグレーになる。
ここがかなり印象が違う。

ラムの髪は、
発光するような赤だったんだな、と。

「薬口害」以降の2色カラーは
サンデー本誌で目にしているはずなのだけれど
紙質の違いか、記憶色と印象が違う。
当時の掲載誌はもう持ってないけど
こんなだったかなー。

11巻以降で塗りが変わったとかあるんかなー。
「パーフェクトカラー…」下巻を買えば
確かめられるので、
下巻もやっぱり買ってみようかな。

ラムの髪の濃さといえば、webを漁ってて

websunday.net

というページを見つけた。

僕自身もラムの髪にトーンを使ったことはあるし
なんなら同人の皆さんの、
トーンが貼られたラムの絵を
アホほど見てきたわけだけれど
何番が正式なのかは知らないままだ。

ラムの髪のスクリーントーンが何番か、
確かどっかに言及されてたな、と思ったら
これだった。

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でも安永航一郎氏はたぶん高橋留美子氏の
アシスタント経験はないと思うので
確実な情報ではないと思う。
比べると、ちょっと違う気がするし。


「うる星」のサンデー掲載ページは
当時は「うる星」の部分だけ
切り取って保管していて、
その中にはもちろん2色原稿もあったんだけど
上京の時に処分してしまった。
だから古い「うる星」掲載サンデーを
今でも持っている人はすごいな、と思う。

表紙だけは捨てずにとってあるんだけど。

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「鬼滅」ブームと昔の「うる星」ブーム

「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が
大ヒット中である。
興行収入の記録を打ち立て、
きっとさらに伸ばしていくことだろう。

まさに社会現象となっている「鬼滅」だが
どちらがいい悪いではなく、
「うる星」の当時の流行っぷりと比較してみたい。

まず社会現象としてだが
アニメ「鬼滅」が 
本来的には深夜アニメなのに対して
アニメ「うる星」は、
「楽しくなければテレビじゃないっちゃ!」の
フジテレビ全盛期の水曜19:30からの放送だった。

テレビが一般家庭の
娯楽の王座についていた頃だから
そりゃもう認知度は高かった、と
思いたいところだが必ずしもそうではなかった。

当時はアニメが、アニメであるというだけで
分別の付く年頃には
卒業しておくべきものだったし
ましてや半裸の女の子のテレビマンガなど、
凝視してはいけないものだったから
視野には入っても、
決して見ようとしない人たちが多かった。

うる星やつら」を「うるぼしやつら」と
読む人が結構いたというのも
あながち嘘ではないのである。

ラムちゃん」「だっちゃ」「ダーリン」
辺りのフレーズはかなりの人の知るところだが、
「あたる」「ランちゃん」が
どういうキャラなのか
把握していた一般層はそう多くはあるまい。

……「海が好きっ」という台詞は
一般にも認知度が高いような気がするが。

とにかくそういう感じで、
「うる星」が好きだなんて
公言できる時代じゃなかったし、
世の中も、目を背けるように、
見て見ぬふりをしていた、
それが「うる星」だったと思う。

だから当然、
今では老若男女誰でもが知っている
「鬼滅」のほうが、
だんぜん社会に認知されているといえる。

「鬼滅」人気にあやかって
コラボ商品、コラボ企画も
数えきれないほど世にあふれているので
「鬼滅」はとにかく目に入る。

儲かるのだから正義だ。
誰も損してない。たぶん傷付けてもいない。

ただ、「鬼滅」が
エポックメイキングだったかというと、
あまりそうは思えない。

商業的なエポックメイキングは
規模はどうあれ
進撃の巨人」が既に達成していると
いっていいだろうし。

ただ、時代の潮流に、
恐ろしいほどシンクロし、マッチしたのだ。

翻って「うる星」は
過去のアニメでは見られなかったぐらいに
美少女を並べ立て、
変態的なエピソードを網羅した、
フェティシズムだらけの作品として
開祖であり、金字塔である。

アニメ「うる星」が
後のアニメ・漫画に
多大な影響を(商業的な意味でも)
与えたのは間違いない。

ブームとしての大きさは、
「鬼滅」のほうが圧倒的に大きいだろう。
だが、ブームの「意味」は
「うる星」のほうが強く持っていた、と
僕は思う。

ファンとして誇れるかといったら
別に誇るようなことじゃないけどね。

「英訳 うる星やつら」は2色カラー

僕は「うる星」アニメ化からのファンで、
だから初期の「留美ック」には触れていない。
原作志向とはいっても、
手に入れていないコンテンツも多数あって、
でも30ウン年前ならいざ知らず
今となっては「まぁ、いいか」で
済ませてしまっているのが実情だ。

「うる星」第1話のサンデーや
マチュア時代の同人誌を持っている人は
本心からすごいなぁと思うけれど、
この世で誰かが持っててくれればいいや、
とも思う。それが僕でなくても。

ケチなのかセコいのか、
同じ版権絵であれば、そのうち一つを
持っていればいいだろうと、
これはブーム当時から思っていて、
だから「うる星」グッズを
買い揃えるタイプではなかった。

なので、2016年に発行された
うる星やつら パーフェクトカラーエディション
も、実は持っていない。
「カラーだからといって、別になー」
と思っていたのである。


このブログのネタを考えながら本棚を眺めていて、
ふと気づいたのだが
「英訳 うる星やつら」は2色カラーじゃん。

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この「英訳~」はなかなか謎な商品で、
掲載エピソードのセレクトも
その意図が全く理解できない代物だ。
なんせ1巻の初っぱなが真子エピソードである。

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なんでやねん意味わからんわ。

その次に「絶体絶命」「四次元カメラ」が来る。
テンおらんやん。

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で、4巻になんと「かけめぐる青春」がくる。
どういうことなのか。

当時は「なんで第1話が4巻なのか。アホか。」
ぐらいに思っていたけれど、
これもしかして「英訳~」が
4巻で打ち切りと決まって、
どうしても「かけめぐる~」を入れたくて
入れたんだったりして。と思った。

だとすると当時の担当者の心意気やヨシ!だが
4巻に収録されたもう一つのエピソードは
「雨よ降れ降れ もっと降れ!」なのだ。
なぜ抱き合わせが「アメフラシ」なのか。
いやいや、アメフラシ高橋留美子氏ということで
高橋留美子リスペクトなのでは?
そして裏表紙に
アメフラシを持ってきて〆たかったのでは?

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……いや考えすぎか。

正直言って「英訳~」の4巻なんて、
当時購入して、収録エピソードを確認したぐらいで
中身は読んでいないのだ。
そのまま本棚に直行である。
だから表紙の製版ミスにも今日気付いたところだ。

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おいおいなめとんのか。
どんだけやっつけ仕事なんだよ。
編集スタッフの仕事なのかデザイナーの仕事なのか
よくわからないけど、校正紙ぐらい回ってきただろ。
と、35年越しに非難されるのも不憫である。


ええと、話を戻して。
この「英訳~」は、表紙が描きおろしだったりして
小学館商法というかなんというかなのだが
先ほども書いたとおり、中身は2色カラーである。

で、これはWikipediaにも載ってないので
おおいばりで書くが、

「英訳 うる星やつら
 ・バレンタインデーの惨劇
 ・恋のアリ地獄
 ・絶体絶命
 ・四次元カメラ
「英訳 うる星やつら(2)」
 ・ヨガで迷想
 ・系図
 ・秘密指令“デートをのぞけ!”
 ・つばめさんとペンギンさん
「英訳 うる星やつら(3)」
 ・君まてども…
 ・階段に猫がおんねん!
 ・体育祭危機一髪
 ・激闘、父子鷹
「英訳 うる星やつら(4)」
 ・かけめぐる青春
 ・雨よ降れ降れ もっと降れ!

これら全て、雑誌掲載時はスミ1色である。

「英訳~」刊行に合わせて
2色カラー化されたわけだが、
彩色(?)を作者本人がやったのかどうかは
定かではない。
彩色センスとしては相当いい線いってるので
本人かもしれないが、
違和感を感じるところもあって、
でもそれは彩色をした時期と、
原作の執筆時期が
ズレているせいかもしれなくて。

作者が彩色しているとしたら
まごうことなきカラー作品なわけで、
なんなら
「パーフェクトカラーエディション」にも
掲載してもいいはずなのだが。

どうなってるのかちょっと興味があるので
「パーフェクトカラーエディション」は
買ってみてもいいかもしれないな。


ちなみに、この「英訳~」では
書き文字が変えられていたり、
日本語と英語の違いでフキダシの大きさに
変更を加えなければならず、
だから集中線なんかが書き足されていたりする。
また、カラー化に伴って
トーン処理やらなんやらが
いろいろ変えられたりしている。
英訳にあたってそれらは仕方ないかなと思うけど

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これなんかは台詞がなくなって、
背景が書き足されたりしているのだが
作者のプロダクションによるものなのだろうか。
もしそうでないとしたら、
なかなか豪快な仕事である。
そういう時代でもあったのだね。