さあ、『約束の明日』レビューその8です。
前回はこちら!

比丘尼の裏伝説のことは知っていましたとも、
と開き直る英二郎老人ですが
ページがめくれたのをいいことに
湧太の問いかけの
「人殺しを繰り返す悪鬼」という部分を
完全スルーしています。
英二郎による苗ちゃん絞殺時、
うまく灰が見つかっていたとしても
殺人鬼問題はついて回るわけで、
それへの対処がまったく考慮されていないのは
どういうわけなんだ。
確かに英二郎は、
黒メガネAの時は


「私があなたを守ります」、
下っ端Bの時は


「苗さん無事でいてください」
と、苗ちゃんの凶行について
特に意に介さない様子だったりします。
苗ちゃんが殺人鬼であることを
頭のおかしい英二郎が
容認・甘受しているということなら
それでもいいんですけど、

自分が殴られたらいきなり掌を返して

「やっぱ悪鬼だったわ」ってアホなん?
急に常識人ぶってこっちに来ないでほしい…。
苗ちゃんは湧太が来る前にも
何人か人を殺めているはずですが
その人殺しシーンを
なぜ描写しなかったかというと、真魚に

「ちがう!(魂のない悪鬼ではない!)」と
言わせたかったからですよね。
違うというほど違わないんですけどね。
せめて「ちょっとちがう!」って
言ってほしかった。
それは
真魚が自分の湧太への気持ちを抑えてでも
苗ちゃんの淡い恋心や切ない想いを
かばいたい、大事にしたいという
真魚の優しさや人間らしさ、真魚自身の成長、
あるいは不死で“人外”になってしまった苗を
同族と感じての共感といったことに
繋がるのでしょうが、
だったら「ちがう!」が正当性を持つように
もっとうまくやるべきだと思います。
苗ちゃんがかわいそうな被害者なのか
それとも処分されて然るべき殺人鬼なのか、
それはストーリーの
“雰囲気”で決めるべきではなくて、
読者がその良心と見識によって決めるべきだし
その時にどう見てほしいかということのために
作者はストーリーを練るべきなのでは
ないですかねぇ。
たいへん恣意的な言い方になりますが
現状のこの『約束の明日』は
レディスコミックのような、
お気持ち優先なお話に見えますね。

先着して赤い谷に佇む苗ちゃん。

その彼女に追いついた一行。
苗ちゃんを恐れる草吉に真魚は
「(湧太は)殺されたら生き返るから構わん」
と、湧太を押しやります。
これは…どういうこと!?
真魚としては
なんでもいいから約束を守る素振りをしろ、
ということだと思いますが
「死に戻りがあるからノープロブレム」と
言ってしまったら、
湧太が苗ちゃんに歩み寄ること、つまり
“湧太が苗ちゃんに殺されにいくこと”の価値が
棄損されます。
なんでこんなセリフを入れたのでしょう。
それともギャグか?ギャグのつもりなのか?

苗に声をかけ、歩み寄る湧太。
だが苗ちゃんは凶器を振り上げて…


「あの時…おれが赤い谷に来ていれば…」

「すまねえ…」と詫びる湧太。
湧太は考えたうえで
苗ちゃんを残していったのだし、
約束を違えたわけでもないので
謝る道理はありません。
しかし、それでも


これらのシーンは
苗ちゃんへの鎮魂歌として
そして苗ちゃんの浄化シーンとして
悔しいけれども胸を打たれてしまいます。
苗ちゃん事情でいったら
彼女が好き好んで殺人鬼になったわけでは
ありませんしね。

湧太が苗にいう、
「一緒に村を出よう」はこれもやはり
鎮魂のララバイなのですが、
一応この時点で湧太は本気なので
不死の時間を歩む者同士で
生きていこう、と思ったんですかね。
でも人魚の肉を食べたことと
人魚の灰をまとったこととは
やっぱり違っていそうです。
お風呂に入ると身体から灰が少しずつ抜けて
死期が近づく苗ちゃん…
風呂キャンセル勢 待ったなしですな。
それはないとしても、旅のパートナーが
鳥の啼き声を聞くと獣化するというなら
今風の物語が作れそうですが、
人魚シリーズとは別物になっちゃいますね。
でもさー

山の中に逃げ込んだ比丘尼が
灰の効き目が切れて死ぬのはわかるけど
苗ちゃんが、
赤い花の咲き誇る赤い谷で
灰の補充が叶わず効き目が切れるのは
ちょっとおかしくない?

湧太のこのポエムもなぁ。
そこまで苗ちゃんを想っていたようには
思えないけどなぁ。
そこまで思っていたなら60年前の時に
連れて逃げて看取ってやればいいじゃん。

苗ちゃんが息絶えて、英二郎がいう。
「あれはもともと死体です」。
いやどういう認知だyo!
殺す前は死体じゃなかったんだyo!

「おまえのしたことは夢じゃない」
この草吉の言葉は
「戯言では済まされない」
「心神喪失で許されると思うなよ」
というところでしょうか。

前のコマでの「苗ちゃんの見た夢」と
「夢」を掛けたかったのはわかりますが
苗ちゃん以外に 夢の住人や
夢だと思いこもうとしている者は
いないのですから
「おまえのしたことは夢じゃない」
というセリフは、ちょっと無茶で強引ですね。

ラストは真魚と湧太の他愛もない掛け合い。
苗ちゃんとのラブシーンを見ていた真魚の
ヤキモチとも取れないような言葉です。
まぁこれは毎度毎度の
エンドロールみたいなもので
あんまり意味はないかな。
というわけで8回に渡って
『約束の明日』を見てきました。
一連の出来事は
英二郎が悪いのはその通りなんですが
湧太が“連れていけなかった”ことを含め
人魚に翻弄される者たち、
という見方もできます。
作品寄りで解釈してあげるならそっちかな。

それにしてもなんというか、シーン優先で
物語の整合性には強引さが目立ちました。
それこそ現代の切り抜き文化に対応した
作品のようです。
僕はそういうのはちょっと軽薄だと思います。
人魚シリーズはまだいくつかありますが
当ブログとしては
『夜叉の瞳』と『最後の顔』は
おそらく扱わないと思います。
『傷』もちょっとな、と思っていますが
『舎利姫』はレビューしたいな。
おっとそうすると
当ブログで真魚ちゃんを取り上げる機会は
もうないかもしれませんね。
ひょっとしたらアニメの『人魚シリーズ』は
レビューするかもしれませんので
その時に真魚ちゃんに会えるといいですなぁ。
それでは、
お読みくださりありがとうございました!
〈おしまい〉