僕の記憶の中で
『黄金の貧乏神』のイメージは
「電柱」「骨髄液」「弁天さま」
「おれは心配してほしかったんだ!!」
「一富士二鷹三ナスビ」
「わたしたちには栄がいるじゃありませんか!」
という感じで、
どうもその他の部分の印象が薄いです。
正直いうと読み返した回数もそれほど多くなく、
「知識として把握しておかなきゃならないから
一応読みましたけど?」というような
不埒な読者だったのですが、
そういう態度も反省しなくちゃなーって思いまして、
今回レビューしてみることにしました。
普段のレビューでは
極力 あらすじは書かないのですが、
今回は自分なりに分析してみたいこともあり、
まずは登場人物から見ていきましょう。
『黄金の貧乏神』には wiki ページもないしね。
登場人物
───────────────────────

高良 栄
たぶん主人公。両親に骨髄液を搾取されているが
めげずに生きている良識人。しかし人生を悲観し
銀行強盗を首謀する。

高良 福三
マッドサイエンティスト。実の子供から無理やり
骨髄液を抽出し、実験の材料として使っている。
研究のテーマは「幸福の追求」だがつまりは
錬金術を指しており、金/金をもたらすもの、を
得ることを目的としている。息子を売っても
金が欲しい。

高良 富子
福三の研究・実験の手伝いをしているが、
富子自身が科学者かどうかはさだかではない。
終盤で栄を大切に思う言動を見せるが、それは
「そう思わせておいて実は」というギャグであり
福三同様、栄のことを実験材料と思っている。

七福神
没落していたが、栄に率いてもらって銀行を襲う。
その襲撃で得た金品を元手にして、七福神の
活動を再開する模様。

スイス・オニオン銀行の頭取・行員たち
万全で変態的な防衛体制を施していたが
栄たちに約30億円盗まれた。

(オニオン銀行の)取引相手
栄たちが銀行強盗にやってきた時、ちょうど
視察に来ていた。ちょっとショーン コネリーに
似ていなくもない。
まず、栄はいわゆる“読者が親近感を持ちそうな
普通の男の子”の役どころです。銀行強盗こそ
しますが、その動機も両親の愛情を確かめたかった
から。銀行強盗を率いたといっても、彼自身に
何か特別な能力があったわけではなく、
本当に平凡な男の子として描かれています。
そんな平凡な彼が非凡なのは、
常軌を逸した両親を持っていることです。
平凡な彼が困難を抱えているという構図は
最初期の『うる星やつら』のあたると似たところが
あります。
キャラクターが立っているのは、どちらかといえば
福三・富子のほうになりますが、彼らは当初から
栄を脅かす行動をとったり、
人非人な言動をして悪役となっているので、
読者として彼らに共感はできないし
肩入れもできません。
彼らに情感を見出すことも難しく、
そういった意味では彼らは人格を持っておらず、
物語上の“障害”、ただの舞台装置であるとも
いえます。
七福神はそれぞれ独特なキャラクター性を
与えられているのですが、そもそも七福神からして
宗教におけるシリアスな原典の姿から変化し、
日本の伝統行事やお祭り・宝くじ売り場などで
頻繁に見かける身近な“ゆるキャラ”化している
状況であり、『黄金の貧乏神』のそれも
せいぜいが“パロディ”風に留まっています。
それについては1978年/昭和53年とは
文化の違いがあるともいえますが…。
そもそも恵比寿さんと布袋さんのビジュアルが、
日本古来から漫画的過ぎるんですよね。
そんなわけで、高良親子・七福神らを見渡しても
どうも『黄金の貧乏神』は
主役不在で物語が進んでいく感じがあります。
例えば『勝手なやつら』のケイも一般人として
描かれていますが、ケイは
「一般人という役を、非常識なまでにやり抜く
変人」であり、主人公としての気概を持っています。
『うる星』の最初期あたるもまた一般人ですが
降りかかる災厄を乗り越える彼の姿は
ある種スーパーマン的ですので、
彼もまた主人公足り得る人物といえます。
しかるに『黄金の貧乏神』は
誰も主導権を握っていないように思えます。
演者全員に均等に出番を割り付けないとならない、
児童の演劇のようでもあります。
これが、『黄金の貧乏神』がどうも掴みどころの
ない理由なのではないでしょうか。
というわけで今週はまず配役から見てみました。
来週は物語全体の構成を
見ていきたいと思います。
引き続きよろしくお願いします。
〈つづく〉