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笑う標的 その5(最終回)

さて「笑う標的」5回目です。

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道場を訪れた里美を待つ譲だが
目が、不動明(ふどうあきら)のような
獣の目になっているのでコワい。
こめかみの汗も微妙に謎だが。

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この梓、眉をひそめすぎて
なんかもう異形みたいになってしまっている。
マンガになってしまいそうで、
シリアスな「笑う標的」ではギリギリなところだ。
もっとも梓も次のコマでは化物化するので
そこへの繋ぎとしてはこんな感じなんだろうけれど
美人さんではなくなっているなぁ。

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餓鬼を召喚してバトルに入る梓。
2020年の現代の漫画シーンでは
美少女が精霊を使うなんて珍しくもないことで、
例えば梓がRPG
パーティーのメンバーであったなら、
彼女と餓鬼は忌み嫌われたりしないだろう。

ましてや梓と餓鬼の関係は
呪いや取り憑きではなく、
それどころか契約・取り引きでもない。
餓鬼の一方的な好意による共闘なのだ。

「力を持つ超人(ヒーロー)」として
ふるまうこともできたかもしれない。
それをたかだか三角関係の清算に使ってしまうとは
何とももったいない話である。

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里美をやれと言われているのに
譲に襲いかかる4匹。
アホなのか功名心なのか。
中でも譲の頬にぶつかってる奴は
絶対に譲を嫌ってるよな。
梓に特別な感情を持ってるよな。餓鬼の分際で。

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弓で振り払われるのはまだいいとして、
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銀の矢でもあるまいに、
物理的に矢で射られるのはどうなのよ。
君らには化物としてのプライドはないのか。

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3匹の特攻を見守る餓鬼たちの図。
この頃は漫画でもアニメでも、
なんなら実写の映画でも、
物量作戦/一斉攻撃などの
「おびただしい」という描写が
まだあまりなされていなかった時代である。
2020年のデジタル作画であったなら
譲は餓鬼たちに、
容易に呑み込まれていただろうことは
想像に難くない。

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「来るなーーっ!!キリッ」

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えらく不細工に描かれてしまっている梓さん。
なにもここまで不細工にせんでも。
台詞との兼ね合いで、
黒目(白いけど)を描いたからだろうか。
だがこのコマは、
「そんなに うちがっ!!」に繋がっていて。

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「そんなに うちがっ!!」は重要なコマだ。
どうとでも受け取れる台詞、そして涙。
愛憎入り乱れるとはまさにこのことだ。
ここはベラでは困る。ここは梓なのだ。
だから目の作画に黒目(白いけど)が必要だ。
ここに持ってくるために、
「どうして……」でも黒目を描いたのかもしれない。

何十年も昔に見たきりだが、
アニメ「笑う標的」での
「そんなに うちがっ!!」は
かなり力の入った作画だったような気がする。
振り向く梓をはっきりと覚えている。
そのシーンはあまりに原作に忠実過ぎて
まさにこれこそが映像化であると思った気もするが、
今では逆に、
だったら漫画でいいじゃんとも思ってしまう。
贅沢なもんだ。

当時、この「そんなに うちがっ!!」をして、
梓をラムに置き換えた考察もよくあったように思う。
望まれない押しかけ女房、一方的な愛情、
確かにラムのAnotherではある。

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考えてみれば、譲が梓を否定するのも
ひどい話だ。これが本当の梓なのだから。
梓が「ひどい…」というのも無理はない。

ただ、「笑う標的」が消化しにくい部分は
まさにそこにある。
梓の真実の姿(心)を受け入れようとしない譲、
しかし読者はそれが事実上の梓だと知っていて、
だのに当の梓が、
まるであれは自分じゃなかったとでもいうように
餓鬼たちのせいにする。

「女を殺せっ!!」と「そんなに うちがっ!!」
この二つの台詞は、梓の真意のはずだ。
真意を直接的に、拡大して言わせているのは
確かに餓鬼の仕業だけれども、
梓の心の叫びであることは、
梓の涙が証明している。

化物は確かに恐ろしいけれども
その本性がか弱い梓なのであれば
その本心に寄り添ってやりたい気にもなる。

だがその「そんなに うちがっ!!」という梓を
譲が射抜き、また梓も餓鬼のせいにしたのでは、
あの涙が報われないな、と思うのだ。

あと譲、譲の射は正当防衛にはならないからな。

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固唾をのんで見守る餓鬼たち。

まぁ実際、譲の矢が、
なぜ液体生物を退けたかは謎なんである。
梓を救いたい一心、里美を守りたい一心、
そういった精神的なパワーではなさそうだし。
やはり物理攻撃なのか?

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この台詞はどうなのだろう。
いまわの際だから深く突っ込まないほうが
いいのかもしれないが、
「私はあなたのものだから」、
“だから”何なのだろうか。

その台詞を受けている台詞は、作品中では
不良たちとの対峙の後の
「誰にも触れさせん。」だ。

このラストシーンで続く台詞も、同じように
「誰にも触れさせない、触れさせなかった」
だろうか。

「私はあなたのものだから」、
「あいつらの力を借りて、
 誰にも触らせないようにしていたのよ」。
…しかしそれであれば、正当性の主張であれば
「あいつら」のせいにするのが理不尽だ。

梓は液体生物に侵入されており、
操を守れなかったともいえる。
「誰にも触れさせなかったよ」とは
言えなかったかもしれない。

考えられるのは、
梓が、自ら滅するために、
譲の矢に飛び込んだのではないか、ということだ。

梓が、譲の梓でいるために、
最後の最後で液体生物を拒んだのではないだろうか。

「私はあなたのものだから」、
ああしたのよ。
ああするしかなかったのよ。
あれでよかったのよ。

だとすると、ストーリーにも関わる、
めちゃくちゃ深い台詞である。


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人間の弱さこそが魔物である、というレトリックは
古今東西、数多く語られている。
梓の最後の台詞では、
餓鬼や液体生物の行いがやはり助力に過ぎず、
主犯が梓であることが語られているのだが、
その割には梓にあまり反省が見られず、
あいつらのせいにするところが
読後感としてすっきりしない。

ただその、最後まで人間のエゴを語ることで
ホラー&サスペンスの後味が残る。
また、まだたった高校生である登場人物たちの
未熟さへの共感(読者層の当時の年齢的に)、
恋愛というものを優先したい青さ、
そんなものも薄っすら感じるように思う。


最後に、「笑う標的」というタイトルについて。

笑う標的 その3 でもちょっと触れたが、
「標的」は譲と里美ではない。
では梓かというところだが、
餓鬼や液体生物ということも考えられる。
譲から見た、譲が射た、標的だ。

しかし、餓鬼や液体生物が笑ったかというと
それは疑問である。

冷笑する、ほくそ笑む、あざ笑う。
そういった、悪意の笑みが
「あいつら」にあったかというと、
そういう感じはなかったのだ。

何度か書いたが、餓鬼たちは梓への好意で
共闘していたのである。

だから、「標的」が示すのは
餓鬼ではなく、やはり梓だ、ということになる。
梓は劇中でも何度か笑っているし。

だけどねぇ。
梓を「標的」呼ばわりするのは
ちょっと違和感があるのだ。
梓を「標的」にしたのは譲ということになるが
わずかな時間、敵対したからといって
美しい幼馴染の少女を
「標的」呼ばわりはないだろう。

餓鬼から見て、梓が「標的」、
獲物や生贄ともいえるかもしれないが、
何度も言うように、共闘関係であるし。

「笑う」は、ホラー風味ということなんじゃないか、
そう考えるのが、いちばんしっくりくる。

「笑う」と「標的」を別々に考えれば
それぞれ該当する箇所は作品中にあるし。
「思わせぶり」を
読者に投げるタイトルであったというのが
僕の推察だ。


以上、長くなって申し訳ないが
「笑う標的」の、
数十年ぶりのレビューを終わります。

梓を好きだったあの人と、
じっくり話をしてみたいと今になって思うけれど
もうそんなこともかなわない。

あの人がまだご存命ならいいけれど。
あの人がまだお元気ならいいけれど。
この文章が
あの人の目にとまる可能性は低いけれど、
こうやって書けば、
その可能性はゼロじゃないよね。