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『想い出ボロボロ!?』の考察


今週は『想い出ボロボロ!?』(17-8)について
少し考えてみたいと思います。
レビューではないのがポイントです。


まずタイトルについて。

ジプリのアニメ映画『おもひでぽろぽろ』は
1991年夏に公開されましたが
『想い出ボロボロ!?』は昭和58年(1983年)初頭の
エピソードとなります。
だからジプリ映画とは関係ない。

ではサブタイトルの元ネタは何かというと
僕は正直存じ上げなかったのですが
1976年リリースの 内藤やす子
「想い出ぼろぼろ」という曲っぽいですね。
宇崎竜童 作曲の 阿木燿子 作詞ですから
山口百恵のヒット曲などに繋がる歌であります。
そう考えると高橋留美子氏の作品世界にも
すごくフィットしている気がするから不思議です。

内藤やす子の「想い出ぼろぼろ」は
他の女のところから夜中に帰ってきた亭主の気配を
一人 布団の中で察知した女房が苦悩する歌でして、
竜之介の両親のエピソードのサブタイトルとしては
相当ひねりが利いたチョイスであります。


ep『想い出ボロボロ!?』ではラストのオチで
竜之介の親父は妻に逃げられたのだ、と
描かれていますが、一口に逃げられたといっても
その状況はさまざま。

藤波家の場合、
“ひどい親父が女房に逃げられた”か
“ひどい女房が親父を捨てて出ていった”かの
いずれかになりそうです。

僕としては“女房がひどい奴だった”説も
ちょっと捨てがたい気がするんですよね。

親父が昔から変態だったら
竜之介は生まれていなかったと思うので
親父は昔はまともだったんじゃないか、と。
竜之介の養育も引き受けているわけですし。


えーさて、
物語は銭湯帰りの竜之介から始まるのですが
ここはサイレントムービー(SEはある)のように
なっています。

このエピソードが描かれた頃は
高橋留美子氏の作画能力の円熟期でもあり
一連のコマ、特に竜之介が跳躍するコマなどは
実に見事な作画でありますが
このページをサイレントでやったのがまた
竜之介の跳躍を素晴らしく引き立てています。

その跳躍を、
“特段すごいことではない”と描写するのが
すごいことなわけです。
軽々と、何の気なしにやってしまうのが
すごいことなわけです。

跳躍のコマのための下地としての他のコマであり、
サイレントで構成したページである、と。
すごく、いい。

竜之介の表情も、特に気負うところなく
ただの日常といった風情で優しい目をしています。
その表情は、
気持ちよく風呂に入って、何事もなく
何にも心を乱されないフラットな気持ちで
ぶらぶら歩いてきたことで育まれたもので、
彼女にとって今日が平凡な、
しかしなかなか悪くない一日であったことを
物語っています。すごく、いいです。


眠りこけていたテンを連れ帰ってくれた竜之介に
あたるは一発かまします。

言うまでもなくこれは
テンを抱きとめるラムをトレースしているコントで、
ラムがしているような
人に優しくする仕草に乗じて
竜之介を抱擁してしまおう、
その行為を潜り込ませてしまおう、という
あたるの行為を楽しむところです。

なんといっても重要なのは
“ラムの仕草のトレース”ということであり、
ラムとあたるが並列であること、
同じタイミングでの動作であることです。

トレースが成立しないと
笑いが次の段階に行かないので、
読者はトレース自体を成立させるために
あたるのさりげないすっとぼけに
“わかっていながら”
一度流されそうになってみる必要があります。
一瞬スルーしそうになってみる必要があります。

思考実験を楽しむようなものであり、
だからここでの笑いは一発ギャグではなく
“コント”だと思うのです。

竜之介の来訪に、あたるとラムが
竜之介とテンの名を同時に呼ぶところは
このコントの仕掛けであるといえるでしょう。
ここは笑うところではありませんが
ここでテンポを作っているといえます。
だから二人の台詞は同時じゃないといけないし、
他の余計な台詞を挟んじゃダメなんですね。

反復して再度このコマですが
このコマの面白いところはどこでしょうか。

一見あたるのようなのですが
その実、竜之介がかなり面白いです。
この竜之介、見えない向こう側で
どんな表情をしているでしょうか。

引きつった顔、嫌悪感丸出しの顔、
怒りMAXの顔、白目を剥いた顔、
そのどれでもないと僕は思います。
たぶん無表情だと思うのです。

その無表情は虚を突かれての無表情ではなく
例えて言えば
便所掃除をする時の虚無の表情のような
今でいうところのスン……という感じでしょうか。

黙ったままで抱かれている竜之介は面白い。
その背中が面白い。後頭部が面白い。

だから次のコマでのあたるは
自らの存在感を薄くしています。
あたるのためのシーンではないからです。
このコマは後始末のためのコマ。

さらに次のコマでは
あたるにアクションの演技が付いていますが
このあたるの動きはそれ自体
読者を笑わせるためのものではないです。
このコマで会話をしているのは竜之介とラムであり
しかもその会話は現在より前進する内容ですから、
過去の内容に属するあたるの動きは
前段までのコントの余韻と捉えるべきだと
僕は思うのですがいかがでしょうか。


どこが面白いのかということでいうと

このシーンで面白いのは
顔面に蹴りがヒットした左のコマではなく
その予備動作としての右のコマではないかと
僕は思います。

並び換えてみるとわかりやすいと思いますが

2コマで構成したこの流れなら
蹴りが入ったところが笑うところ。

3コマで構成された場合、
予備動作コマが笑うところではないかと
僕は思うのです。
「志村~、後ろ後ろ!!」と
同じような感じ。


蹴りのコマで笑わせるのなら
むしろ予備動作はない方がテンポがいい。


予備動作コマがあるのとないのとでは
笑いの質が違うのではないでしょうか。

蹴りのコマで笑うことを
否定するものではありませんが、
予備動作のコマのほうが
『想い出ボロボロ!?』における笑いの演出の
本質なのではないかと思います。



今回『想い出ボロボロ!?』について
考えたことはこんな感じなんですが
いかがでしょうか。

それでは、また。

〈おしまい〉